ジャンプ!(5)
私はあれから何度となく往復を繰り返した。
エルクァフゾは
私の守護神を持つ手に力が入る。
『飛ぶ前にもう一つ、君がこの世に誕生する以前では、御神本梓という人物ではないのだから注意だ』
「意識は?」
『今の君だ』
「見た目は?」
『微妙に変化すると思うが、そのまま君だ』
「じゃあ何が心配なの?」
『その世界では必ず別人という点だ。忘れるな信じろ、君は自分だから見失ってはならない』
前に聞いたことがあるような言葉だった。
私は私、それだけは大丈夫。
階段の上に立つ。ひねりくねったウチの階段。少し前は、頭からダイブしたらどうなるんだろうなんて馬鹿げた事を考えてたけど、まさか本当に頭からダイブするなんて思ってもみなかった。
『なるべく無人のタイミングに降りるんだぞ』
「分かってる」
ジャンプ!!
「成功したよ」
『うむ』
降り立ったここは自分の家なのに、まるで雰囲気が違った。まるで新築のピカピカの家だ。たしか、ひいおじいちゃんが設計して建築した家ってことは、おばあちゃんのお父さん?やっぱりまだ新しいんだ。
私はモタモタせずに、本の部屋に向かう。
「おばあちゃん、いないかな」
『狙ったのだろ?』
「そうなんだけど……」
軽くドアノブに触れるだけで、こんなにも簡単にノブが回ることが新鮮だった。古くなると動きが鈍くなるのは本当みたい。そして静かに部屋の扉を少し開けて中を
「うわ、めっちゃ綺麗」
やっぱり部屋も本棚もピカピカ。本の冊数はこの頃まだ少なめだけど、本当にあるのかな。
『ちなみにあの位置に私はおらぬからな』
「なんでよ」
『そこには、本ががあるからだ』
「あっ、あった」
深緑色の布張り上製本、表紙も背表紙にも金箔の文字で【樹の守り神たち みかえつばき 寄贈 並木出版】とある。
「やっと見つけた……」
興奮して顔が熱い。お腹の下から沸騰したお湯が上半身に沸き上がる感じ。やっと手に入れた私の地図。
『さあ読むんだ、梓』
「うん」
私は
樹の守り神たち みかえつばき
ひとつ、種がありました。
その植物の名は、コキアン。
コキアンの種は、小さな芽をいくつも出してふくらんで、みるみる育ってゆきます。
葉は上にも下にも伸び、枝は左にも右にも伸びました。
それらの枝葉はまたさらに枝分かれして、グングングングンと、時を重ねて長い間ずっと大きく成長し続けたコキアンは、なんとお月様くらい大きくなって、まん丸な緑の星になりました。
そして惑星にまで成長したコキアンには、やがて
私は吸い込まれるようにその本を読んだ。
やっと出逢えた希望。
おばあちゃんの大切なメッセージ。
私の進むべき地図。
ガーディアンゴッドたちは自分たちの星を愛している。
トピアリーナを永遠に美しいままに。
ところが……。
『まさか!!そんなはずはない!!』
守護神が突然、聞いたこともないような大声で叫んだ。
「なに?!どうしたの?!」
『外だ!!』
私は床へ滑り込んで寝転び、天井近くの窓の外を見た。
「ちょっと待ってよ!!なに?!アレなに?!」
『君と親友を三賀山で
信じられなかった。
お隣の家の屋根に巨大で真っ赤なキノコが生えてる。
そして屋根の
「なんで?!なんでアイツらがここにいるの?!」
『わからぬ、とにかく読み切るのだ!!』
「本を持って飛ぶよ、行こう!」
『駄目だ!エルクァフゾは物を持ち運べない!読んでくれ!』
「うん!分かった!」
私は必死に
必ず読み切る。
アイツらに負けない。
そう信じて。
『部屋に入ってくるつもりだ』
「うん」
私は立ち上がり、読みながら扉まで下がる。
『まだか?!』
「待って!」
亀人間たちはどうやったのか、窓を
『来るぞ』
「うん」
バンッ!!
窓は乱暴に開けられた。
《やあやあ、エリス、久しぶりじゃないか!ラキロだよ、もちろん知ってるだろ?》
亀人間たちは窓から部屋に入り込み、意味の分からない事を言ってくる。
《探したんだよエリス、さあ僕らと一緒に戻ろう》
「うるさい!!」
《忘れたのかいエリス?あんなに楽しかった空想世界を!》
「だまってよ!!」
『駄目だ梓、耳を貸すな』
《親友も待ってるよ、エリス、あの子に会いたいだろう?》
「えっ?!棗ちゃんを知ってるの?!」
《当たり前だろう?》
《ラキロ早くしろ!》
『梓!!もう行くぞ!!』
《エリス、ここに親友からの伝言があるぞ》
「なに?」
足が勝手に前に進む。差し出されたカードを受け取るように私の手がその方向へ引っ張られる。
『梓ちゃんは自分だよ見失っちゃだめ!!』
棗ちゃんの声が頭の中で鳴り響いた。
振り払った手は軽くノブを回し、部屋の扉は同じように簡単に開く。
私はこっちに
もう少しなのに。
持って帰りたいのに。
コイツらさえいなかったら。
廊下を階段まで駆け戻り、持ち帰ることはできないと分かっていてもこの手から離すことはできなかった本を脇に抱えたまま、私は階段からダイブした。歯を食いしばっても悔しさであふれた涙は空中で光っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
『危なかったな』
「ごめん、見失いそうになってた、私……」
『これからも飛んだ先では、常にあの状態が君を惑わせる』
「分かった」
『惑わされるな』
さっきまでこの手に抱えてた、大切な本は置いてきてしまったんだと、あらためて思い知らされる。なんとか階段の手すりにつかまって立ち上がった。
「もう1回行く」
『危険だ』
「危なかったらすぐに飛ぶから」
『なぜ行くのだ』
「だって!!本が!!」
『…………』
「お願いだから私を連れてって」
ジャンプ!!
そこにはもう残ってなかった。
「なぜなのよ……」
悔しくて、こらえていた涙が止められなかった。
戻った先にはもう、樹の守り神たちは、なくなってしまっていたんだから。
『奪われてしまった』
「どうして!!物は持ち運べないんでしょ!!」
『あの者たちは、エルクァフゾを使っていない……』
床を叩く自分の手が痛かった。
悔しくて、悔しくて、この手が
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