みちしるべ(1)

 この部屋にあの本が存在しない理由。

 それは私が原因だった。

 いつもと同じ部屋なのに、何もなくなってしまったみたいにスッポリ穴ができてしまったこの部屋。その穴は私の胸にも空いてしまっている。

 だって、一番大切な本を取られてしまったのだから。


 すぐに私は守護神を連れて家を出た。

 さっきまでは少ししかちらついてなかった雪が、今は真っ白になって空中を舞ってる。ダウンジャケットのフードを被っても顔に当たる細かい粒雪ざらめゆきを、気に食わなさそうに払う私に、ジャケットの胸元に挟み込まれてる守護神が私を気にしてる。

『どこへ行くというのだ』

「お願い、何も聞かないで」

 その言葉に守護神は何も言わないでいてくれた。それから黙々もくもくと歩き続ける間、今から私がやろうとしてる事に意味があるのかってことばかり考えてた。

 ただ意味がなかったとしても、どうしたらいいか分からない今の私は、ここへ来る事しか思いつかなかった。

 三賀山露頭に。

『何をするつもりなのだ』

「私が棗ちゃんと引き離されたあの瞬間に飛ぶ」

『飛んでどうする』

「まずは棗ちゃんを取り返す」

『梓、それはできない』

「なんでよ!!行けば止められるでしょ?!私が自分を止められるでしょ?!」

『過去に一度でも起きた出来事は、エルクァフゾによって変えることは不可能なんだ』

「だってアイツらは、過去に存在してた物をぬすんで事実を変えたじゃん!!」

『あの者たちはエルクァフゾを使っていなかったのだ』

「どうしてそんなこと?!」

『エルクァフゾは集団では移動できないからだ』

 このやり場のない怒りをどうすればいいのか教えてほしかった。なぜ自分があんな作り話のような存在に邪魔されて狙われなきゃならないのか、どうして私の大切な宝物を奪われなきゃならないのか。


「守護神は、あの部屋に樹の守り神たちがない理由が何なのか知っていたんじゃないの?!」

『あの本があった場所にのちに私が置かれた。私があの部屋を訪れてから樹の守り神たちがあの部屋に存在した事実はない』

「でもあの本が過去にあったって!」

『それはツバキから聞いたのだ』

「じゃあどうして?!おばあちゃんは守護神に本がなくなることを言ってくれなかったのは、どうしてなの?!」

『それは……』

 私は怒りの矛先ほこさきを無関係な守護神に向けて、やみくもに怒鳴どなり散らしてるだけだった。

「あの、私ご、ごめんなさい」

 しょげて歩き出す私に守護神が質問する。雪はやや弱まってきてた。

『ところで本はどのくらい読めたのだ?』

「あ、あの、急いで読んだから飛ばし飛ばしだけど、ラストの手前ぐらいまでは……」

 私はあの本を読んだ記憶をなぞるように、その物語を守護神に話した。

 緑の惑星、トピアリーナに住むガーディアンゴッドたちを、同じ銀河系の星々は“樹の守り神たち”と呼んでいた。

 ガーディアンゴッドは皆、瑠璃色の蝶の羽を持っていて、その美しさは宇宙一としょうされ美の象徴となる。

 トピアリーナの緑は、豊かな水と綺麗な空気をやすことなく与え、平和なその星をガーディアンゴッドたちは愛し、永遠に美しいまま栄えることを心から望んでいた。

 だけど……。

「ごめん、断片的にしか思い出せない。でも少しずつ頑張って思い出すよ」

『大丈夫だ、問題ないだろう』

「そうだ、でも平和なトピアリーナに病気を持った悪い虫が忍び込むの」

『虫?』

「そう、意図的に誰かが差し向けるの」

『何のためになのだ』

「たしか……引越しをしたいって」

『引越し?緑の星に?』

「あっ!!」

『どうしたのだ』

「思い出した。それが亀だったんだよ……」

『亀だと?まさかツバキの物語にあの亀集団が登場すると?』

「いや、分かんない。偶然なのかもだけど、アイツらが私たちを邪魔する理由はあって、あの本を奪いに来た理由もある。物語の中では、亀はトピアリーナでお金儲けを企んでいたハズなの」

『もしもあの亀集団が何か企んでいて、ツバキの物語がそれを阻止できるように書かれていたのだととしたら』

「あの本も、それを知る私たちも邪魔だから捕まえたい?でもだとしたら今この場所にも来るハズだよね?」

『そうだ、しかしここには来られない理由がありそうだ』

「理由って何?」

『分からぬ……しかしあの者たちはエルクァフゾではない方法で現れたのだ、もしかするとだが……』

「うん」

『あの者たちは、私たちへの干渉方法かんしょうほうほうを持っているが、おそらく私たちの過去へだけしか関わることができないのではないだろうか』

「それって、私だってそうなんだけど?」

『教えていないだけなのだが……』

「えっ?!」

『エルクァフゾは、前にも飛べるのだ』

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