ジャンプ!(4)

「イマイチよく分かんないんだよね」


 ちょっと前までは荷物でふさがれてて、あまり外の明かりが入ってなった本の部屋の、天井近くの窓を開放的に変えてから、私は床に寝転んだ格好で見えるその窓の先が、お隣さんちの風見鶏かざみどりだってことに最近になって気付いた。どうしてもこの角度でないとアレは見えない。


『イマイチとはどのような程度を示すのだろう、私には分からない』

「それ、わざと分からないフリしてるじゃん」

『……………』

「無視するし」

『コツは会得えとくしたのか?』

「だから、それがよく分かんないんだってば」

『コツは教わるものではなく、身につけるものだろう』

「うう、でもどうすればエルクァフゾで目標のポイントにダイレクトでジャンプできるのか全然分かんないのよね」

『君は、玉入たまいれは苦手か?』

「玉入れ?運動会とかの?」

『もしくは空き缶を離れた位置からショットして、クズカゴに入れられるか?』

「たぶん外すよね。何回目かには入るかな、でも慣れれば1回目とかで……」

『それと同じだな』

 守護神のモノの例えが完璧すぎて、言い返せない私……。

「自分で、自分をショットする先を狙うってこと?」

『そんなところだろう』

「ますます意味不明……目標は見えないのに?」

『だから会得せねばならぬのだ』

 これだから弟子は苦労するんじゃん……。こんな気持ちも今は我慢だよ梓。

 私はそれからジャンプで何度も往復してショットを繰り返した。

 狙う!

 狙う!

 狙う!

『どこを狙ってる?』

「小学4年の私だけど」

『ひとつ言い忘れていたのだが……』

「何?」

『君が過去に存在してるポイントでは、君は本人であるから小学4年の姿になるが、意識は今の君のままだ。同一人物がふたり存在することはない』

「もしも幼児だったら?」

『川で溺れたであろう、あの体験そのままだ』

「えっ?!あの時って……」

『私を持って落ちたのだろう?』

「あっ!!」

 あの体験が無意識にエルクァフゾによるものだったなんて、これっぽっちも考えなかった。だから落ちても気付いたら寝てたんだ。

「でも“復”はどうしたんだろう」

『君が無意識に実行したことになる。だが注意してくれ、赤ん坊ではどうしようもなくなるからな』

「うん、分かった。注意するよ」

 目を閉じた。

『どこへ行くのだ?』

「小学4年の私」

 狙うイメージ。

『見えているのか?』

「狙う」


 ジャンプ!!


「できた?!」

『そのようだ』

「うわ、懐かしすぎるこのパーカー!」

『私はずっとこの部屋にいたのだぞ』

「だから知ってるってば。ママとかパパとかいるかな、見ていい?」

『構わんが、余計なことは言わない方がいい』

「分かってる」

 私は本の部屋を出て、階段あたりで1階の様子をうかがう。

『君は君なのだから、特にしのぶ必要はないと思うが』

「守護神は静かにしてね」

 私はリビングの両親の会話に耳を澄ます。

「ねえ、晩ご飯何がいい?」

「そうだなあ、クロワッサンとコーンスープにポテトサラダと温野菜だとどう?」

「それ、そのまま今日の朝ご飯じゃないのよ!もう、冗談ばかり言ってると本当に梓ちゃんに嫌われるわよ?」

「そうだな……」

「どうしたの?」

「梓には、笑っててほしい」

「それは私も、そう」

「あんな事があって、この先いつか梓があの事を思い出す時までは、冗談ばかりでも僕は梓を笑わせてやりたいんだ」

「知ってる」

「そうだよな」

「でも、もう少し面白い方がいいと思うな」

「くぅーっ、それはイタイところを突かれた!」

「あっはは」

「わっはわっは」

 私の胸の中の真ん中へんが熱くなって全身に広がった。それからジワーっとくすぐったくなった。

 パパがいつもふざけて冗談ばかり言う理由が、私のためだったなんて……。

「もう戻るよ」

『いいのか?』

「大丈夫、せーの、よっと」

『上出来だ』

「ちょっと下、行こう」

 私は階段を下りてリビングにいた両親に声をかける。

「晩ご飯、何かなぁ」

「おう、姫のおいでだな!」

「梓ちゃん、晩ご飯何がいい?」

「そうだなぁ、フォカッチャに野菜たっぷり挟んで、ハムエッグとクラムチャウダーかな」

「もう、それ今朝のメニューだから!パパみたいな事を言わないでよ!」

「きゃはっ」

「おいおい、梓、腕上げたんじゃないか?」

「メニューはまかせるー、じゃーねー」

 リビングから戻った先は、さっきと変わらない本の部屋に少し成長した自分が戻ったような気がした。

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