未確認世界(2)

「君って、守護神だったんだね。でも民芸品かな?海外旅行のお土産とか?」


 私はひとり三賀山遺跡で露頭ろとうを眺めていた。その手には“日本の地質と地形”という図鑑と、お守りの守護神を持って。だからって、人形に話し掛けたんじゃなくて、今のはあくまでも独り言。

 図鑑にはこの露頭が属する断層のことが、こう書かれていた。

『中央構造線は、全長1000キロメートル以上に及ぶ。九州から四国北部をて紀伊半島を横断。伊勢湾を横切り、天竜川に沿って北上して、長野県諏訪湖付近で本州の中央部を横切るフォッサマグナとよばれる巨大な地溝帯ちこうたいにぶつかる。このフォッサマグナの西のふちが、中央構造線と並ぶ巨大な断層帯として知られる糸魚川―静岡構造線だ。異なる断層に由来する大きな地震が連動するのは、近代的な観測が行われるようになってからはあまり例がない。だが、過去の時代の文献からは、そうした事例があったことが見て取れる』

 ふーん……としか今のところ言えなかった。まだまだ勉強が必要みたい。

「どうしてこんなに地面から飛び出しちゃったの?」

 きっと、むかしむかしは地下深くに沈んでいた地層を手ででて感触を試してみた。コチコチに硬いこの岩には、何万年前の記憶があるのかな。

 私の指先が水面の波紋を広げるように、光が広がった。

 コチコチだった岩は、吹き込んだ春のあたたかい風に吹き流されてパッと花粉が弾けるように飛んでった。

 砂地だった足元は草原になってて、若葉の匂いが鼻にキューっと吸い込まれる。

 目の前に岩の壁はもう全然なくて、ずっと遠くまで平地の草原になった。

 でも目の前のこの景色は、なぜか間違いなくこの同じ場所だって思えることが不思議だったけど、むかしむかしの三賀山はこんなだったのかも知れない……なんて考えた。

 太陽の光があったかくて、気持ちいい風が私のポニーテールを揺らす。ついでに短めの前髪も風にあおられるから、おでこ全開になるのを左手で押さえた。

 蝶が飛んでる。

 青い蝶が。

 小さな川があった。水辺みずべにヒラリ綺麗な青い蝶がギザギザを空中に描いてる。

 川は透き通ってて、泳ぐ小魚なんかも見える澄んだ水だった。

 亀がいる。小さな亀さん。

 ゆっくりゆっくり歩いてる。

「亀さん、どこへ行くの?」

 亀さんが教えてくれるような気がした。

「引っ越すんだよ」

「家を?」

「そうだよ」

「どうして?」

「家が壊れちゃったからさ」

「そっか。ここはいい所でしょ」

「そうだね。住んでもいいのかい」

「いいと思うよ」

 その私の声は学校のチャイムみたいに、あたりに鳴り響いた。


まどわされるな』


 その瞬間、耳の鼓膜が破れそうな低い鐘の音が物凄い振動になって私の体を打った。

「誰の声?!」

 ヤバイ、空想から抜け出せない!!私は自分の空想に閉じ込められてしまったかも知れない!!

「いいんだろ?ここに住んでも?」

「だめ!!」

 小さな亀は、亀の仮面をかぶった男に変わってた。

「いいと言ったじゃないか」

「アンタ誰なの?!ここから出して!!」

「ここはオマエの空想じゃないか」

 消えて!!

 消えて!!

 お願いだから消えて!!

 助けて、棗ちゃん。


「梓ちゃん!!」


 私は空想世界から引き戻された。

「棗ちゃん!!ごめん私!!」

「梓ちゃん、なんでここにいるの」

「えっ?!」

 そこはさっきまでの草原でもなく、三賀山遺跡の露頭でもなく、どこかの建物の中?もうどこなのかさえ分からなかった。

 四方の窓からは外の景色が見えた。少し窓に近付くと、その景色は地上を見下ろす高さだった。

「梓ちゃん、どうやってここに来たの?!なんで……」

「どうやってって……棗ちゃん?ここどこ?高いビルの何階?なんで私こんな所にいるの?」

「そっか、そうだよね……」

「えっ?!なに?!」

「もう少し長く一緒にいたかった。でも止められなかった」

「なに?どうしたの?」

「あなたを守る存在でいたかった。どうにか変えたかった」

「なに?やだよ」

「約束を守りたかったの」

「なに言ってるの?」

「やり遂げたかったよ」

「ちょっと、待って!!」

「もう時間がないの」

「時間ってなに?!」

 奥から、亀の仮面の人間たちが何人も何人も現れて、私たちの方へ迫ってくる。

「アイツら何?!人間なの?!」

「梓ちゃんなら大丈夫」

「やだよ!!」

「ちゃんと、たどり着いてね」

「棗ちゃん、一緒に逃げてよ!!」


 私は棗ちゃんの手を引っ張った。


「大好きだよ、梓ちゃん」


 私の手からするりと彼女の指先が離れた。

 私は空高く浮かぶ部屋から地上へ落とされてしまった。

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