未確認世界(1)

「梓ちゃんは海外旅行に行けるとしたらどこがいい?」


 棗ちゃんが元気のない私を気遣きづかって、気分を変えられそうな話題を振ってくれる。

 私たちは昨日が終業式だった。冬休み初日は棗ちゃんと市立図書館に来る約束をしてたから、私はひとりで家に引きこもらずに済んだ。

 市立図書館といえば、何十年も経ってた旧館は昨年その役目を終えて、この真新まあたらしい新館になって前よりも人が増えたって棗ちゃんは言ってた。

 フリースペースの席はズラリと学生や大人たちで埋まってて、みんなオシャレな公共施設で過ごすのが好きなんだなって思う。

 三賀山遺跡で蜃気楼を目撃してから、分からなかった事はもっと分からなくなって私をモヤモヤさせてるけど、私にはそれを忘れるくらい新しい事への興味が生まれてた。

「梓ちゃん、志摩ちゃんの影響で地質学に興味持ったかんじ?」

「興味ってほどじゃないかもだけど、なんか面白くって……」

「いいねいいね、かなりハマッてるね」

「ハマッて……るかも」棗ちゃんの前では自分が素でいられる。私はあれから自分でも意外なほど、志摩先生の研究に興味がいていた。今まで何となく分かってるつもりだった地球って星の、何万年前のことなんて誰も知り得ないって思ってた。恥ずかしいけど、ただ何となく生きてきた私にとってはワクワクする内容だった。

「それでそれで?梓ちゃん、どこ行きたい?」

「あっ、海外旅行って、お金かかるんでしょ?」

 私のいたって真面目な返事に、棗ちゃんは笑いながら言う。

「クイズに答えて海外旅行が当たる!みたいなかんじ?だとしたら?」

「それじゃあ、えっと、オーストラリアでコアラに触りたい!あったかそうだから!」

 私は机の下で冷たくなった自分の膝小僧ひざこぞうに両手をあてた。

「あはっ、梓ちゃん可愛い」

「もう、可愛いとか恥ずかしいから!って棗ちゃんはどこ行きたいの?」

「私はここ」

 棗ちゃんがその手に持ってこっちに向けた表紙には『大英博物館だいえいはくぶつかん』と書かれてた。

「外国の博物館?どこにあるの?」

「うん、イギリスのロンドンにある、すっごーく大きな博物館だよ」

「へええ、そこも面白そう」

「あ、梓ちゃんちょっと待ってて、コンタクト直してくる」

 片目をつむって席を立った彼女は、御手洗という文字に形付けられた立体的な案内サインの方へ小走りして行った。

 ひとりになった私は、何気なにげなく棗ちゃんのその図鑑を開いてみた。

「どれどれ?大ファラオの帝国……うーん、なんのこっちゃ……」

 それは何となくテレビでは、たまーにお目にかかることもある世界遺産的な古代の壁画なんかが載ってた。

「これって……」

 私なんかが見覚えのある意外なものに目が留まる。一瞬アレに似てるなあって思った。

「どしたの?」

 私の肩にアゴをのせてそれをのぞき込む棗ちゃんからフワリいい匂いがする。

「この絵の人形がね、ウチにあるかもって思って」

「へえ、そうなのね。ジャッカルの頭を持つエジプト神話の守護神だよ」

「ジャッカル?」

「えっと、オオカミかな」

「わっ、ウサギの耳にテングの鼻って呼んでた自分がずいわあ」

「うんうん、そうかそうか」そんな風に言いながらなぐさめるように私の頭をナデナデする彼女はいつも大人っぽい。

「守護神だったんだ……ただの登場人物だと思ってた」

「そうそう、守護神よ~梓姫を守りたまえ~ってね。お守り代わりになるんじゃない?」

「あは、お守りね……キーホルダーとかマスコットにはデカイよね」

「あははっ、みんながディズニーキャラとかなのに、梓ちゃんだけエジプトの守護神だと目立つね、あはっ」

「もう、他人ごとじゃん!」

「あっは、きゃはっ」

 自分が笑ったのがどれくらいぶりだろうって、あんまり考えたりしないけど、久しぶりに笑った気がした。

 気がつけば、周りの人たちが騒がしい私たちを厳しい目つきで見てたことまで笑えてきて、声を我慢するのが苦しくて、もっと可笑しくなった。

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