都市伝説(4)

「梓ちゃん、気を悪くしないでね」

 私の先を歩く棗ちゃんは、図書室の手前の廊下で返却予定の本を2冊手に持って、トボトボついて来る私にそんな風に言う。

「全然だよ、棗ちゃんは私に巻き込まれ損だもん、なんで?」

「あはは、あのね、こんな風に言ったら梓ちゃんは気を悪くするだろうなって思うけど、若林も不器用なヤツなんだよね、きっと」

 若林、だね……。私もだよ。わかってる。私はそう言えずに、でも苦笑いで返した。


 しばらくしてから別々に来るように言っておいたゾンビ系男子は、学生服の両膝を少し汚したままにしていた。

「い、家まで押しかけて、悪かったと思ってる」

「いや……そもそも私んち知ってるのが怖いよ」

「そっちの小学校のヤツにきいて……」

「アンタ、本当にUFOとかに会えるの?」

「見えるとか、会えるとかじゃなくて、出たーってかんじ」

「こわっ、出たって何よオバケみたいに」

「だって、まだ誰もいない図書室に、今君たちが振り返った時に誰かいたら?」

「いやっ、出たーってなんないから!」

「もう、なんなのよーやめてよー」

 私に触れる棗ちゃんの手がビクッとして、思わずふたり同時に背後を確認した。

 若林は、朝日がし込む廊下の窓に近づいて外を指

「今、窓の外はいつもの風景……」

「でもこうやって靴紐くつひもを結び直して……」

「立ち上がったら、そこにあるんだよ」

「何がよ?!」

「あるはずない、見えるはずなんてない!」

 棗ちゃんも少しムキになって若林の発言をとがめる。私から見えた彼女の耳は少し赤くなっていた。


「あれは、乗り物だと思う」

 何もない窓の外をまっすぐ見たまま、何かを再生するように言っているみたいだった。

「そりゃ乗り物なんでしょ、アンタが言うUFOは。てか自分でまわりに言うわけ?UFOに会ったって、ドヤ顔で言うわけ?」

「御神本さんはどんなものを見てあんな風に叫んだの?」

 こっちの質問にまったく答えないヤツの質問になんて答えたくなかったけど、棗ちゃんの真剣な表情に私は返答をうながされた。

「私は……想像の中の作り話をつい勘違いしただけ。本当は見てないから……」

「そうなのか……僕、実は三賀山みがやま遺跡を見学しに早朝よく行くんだけど、ある時その発掘所の大きなテントの中に人がいて、作業者の人たちだろうと散策路を下りたら、その時はもうテントごとなかった」

「テント?何それ?」

「テントに見えたんだよ、デカめのドーム型のヤツ」

「それが消えたって?」

「初めての時は、僕の見間違いだったで済んだ。2回目は信じられなかったけど、確かにあった。3回目は先週末……」

「また見た?」

「その中にいたのは、宇宙人とかではないんだ」

「はぁ?」

「普通に人間だった……」


 そう言ったあと若林は、最後に『ありがとう』とだけ言って教室に戻って行った。そのうしろ姿の見え方は、なんだかここに来る前とは違って見えた。


 だからといって、くだらない都市伝説問題は何も解決してなんてない。

 むしろ中学校内のUFOに関する噂話は、たちまち装飾され続けながら大きくなるだけだった。

『UFOはこの町を狙ってる』だの

『UFOは来るたびに人をさらっていって、その後に攫われた人の事は誰も覚えていない』だの

『UFOは真っ赤なキノコの形をしている』だの

『UFOの乗員は人間に化けている』だの

 都市伝説なんて、大抵こんなものなのかも知れない。どんな都市伝説だって、ちょっとした噂話が元になって飛躍するものだから。

 それにUFOの目撃とか都市伝説なんて世界中にあって、どれもウソくさーいものがほとんどで、ありふれてる。


 だけど私たちにとっては少し違っていた。それは数日後の朝のことだった。


「梓ちゃん……」

 棗ちゃんと私は、見合わせた顔で目をお互いに離すことができずに、互いに互いの手を握って恐怖に震えている。

「棗ちゃん、どうして。私わからないよ、怖いよ。どうして私たちだけ……」


 クラスの出席番号順に並んだ席は、私たちが知っているものとは違っていて、一番後ろの席が【も】の森永君になっている。

 そしてこのクラスに【わ】の名の男子がいた事実も、何もかも無かった事になっていた。

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