謎解きと謎掛け(1)

 寒い教室の中がどんどん冷え続けて、私たちのこの場所だけが氷河の孤島となって現実世界から遠ざかっていってしまうみたいに、言い表せない謎の寒さに私と棗ちゃんは凍り付いていた。

 もっともこんなこと、いくら理解しようとしたところで正解なんてあるはずないよと誰かにさとされたとしても、私たちの動揺はまるで治まる気がしなかった。

 彼と図書室の前の廊下で話した数日前は、教室の一番後ろの席は間違いなく若林で、森永ではなかった。

 そしてクラスの全員が、UFOマニアと称される彼のことを認識していた。

 なのに、今朝もうすでに彼のことを知るクラスメイトは棗ちゃんと私だけになってしまっている。

 彼からUFO遭遇そうぐうの話を聞いたのだと意地悪を言うも、その後は私に気絶させられた男子も、以前より彼とは普段から割と仲の良かった男子も、また自分の後ろの席にもう一人男子がいた事を一番知っているはずの森永君も、担任の先生まで彼の記憶がない。

 もう授業どころでない私たちは仮病さながら保健室に避難することにし、ふたりベッドを囲む白いカーテンの中で小声で会話する。

「どうしよう、棗ちゃん……」

「梓ちゃん、まず落ち着いて考えよう」

「これって、私の空想じゃないよね?」

「違うと思う。私はちゃんと自分の意識の中にいると思うから」

「都市伝説が本当になってるよね」

「今のところ……そう感じるけど、まったく別の理由って事も考えられなくないかな」

「別の理由って?」

「逆にそもそも若林って男子はいなかった、とか」

「そんな、私は家の前で土下座されて鬼ごっこして、確かにアイツの言葉を棗ちゃんと一緒に聞いたよ」

「うん、そうなの。それで彼から体験談を直接的に聞いた私たちだけに彼の記憶が残っている」

「それじゃあ、若林の家族は?」


 放課後まで色々調べた結果は予想通りで、出席簿にも若林の名前はなかったけど、なぜか私の自宅にある連絡簿には若林の自宅住所が残っていた。そうなれば、その住所を訪ねてみるしかない。私たちはそのまま目的地まで自転車を走らせた。

 しかしその住所の家の表札は【佐藤】で、その近辺にも若林というお宅はなかった。この可能性は十分考慮していたけど、やっぱり希望が消えると悔しかった。


『例えばこうやって靴紐を結んでまた立ち上がると、そこになかったものがあるんだよ』


 今は、きっと数日前までここにあったものがなくなってしまったんだね。

 あの時の若林の言葉が皮肉めいて感じた。

 受け入れられない現実が、不安に変換されて自分を取り巻いている。それはやがて霧になって私の視界をさまたげていくみたいに広がり出す。

 碁盤目ごばんのめに整列しているはずの住宅地の道路が、徐々にその形を変えている。どんどん入り組んだ迷路のように様変さまがわりして、帰り道はもう分からない。

 私自身は一歩も動いてないのに、地面が勝手に移動して私をどこか逃げられない場所に閉じ込めるのかもと思ったら、声がした。


まどわされるな』


 気が付けば霧が晴れて私はさっきと同じ場所にいた。

 棗ちゃんがしっかりと私を抱きしめて離さないでいてくれた。

「梓ちゃん、もう帰ろう」

 心配する棗ちゃんが私の自宅前で見送ってくれた後も、家に戻ってから何をするにも、私はどこか現実と空想の境界線をフラフラしたままだった。


 あの声は、誰の声でもなかった。聞いたことのない声。優しい声だった。

 私はいつものように絵本の部屋で一人になり、目を閉じて落ち着いて深呼吸してみる。

 やがて本たちは、私の空想世界でまたユラユラと遊びだしていた。

 あっちからあそこに。

 そこからそっちへ。

 部屋全体が仕掛け絵本になったみたいに自由に動いてみせる。

 いつも軽やかに舞う深緑色の本の表紙は、よくみると布張りの上製本だった。金箔で加工された文字が光を反射して綺麗。

 そしてこの日は特別だった。

 空想は途切れずに、その本は私の近くで表紙をこちらに見せた。


 樹の守り神たち

 みかえ つばき


 ここまで見られるのは初めてだった。

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