第52話 失敗作
リド・ヤークトーナ=クーシラは騎士として致命的な欠陥を抱えていた。『魔術』の行使に不可欠な『術式』を独力で構築することができないという、極めて重大な欠陥だ――などと言ったところでその深刻さは伝わらないであろうから、ラケル界における魔法事情について少し触れておきたいと思う。
ラケル界にあって魔法とは大別して三つの意を持つ。
一つ目に魔力によって生じる事象の総称。二つ目に語源となった魔種の扱う超常の
はじめに述べた『魔法事情』であれば一番目の用法であるし、これから語るものは三番目の用法だ。二番目については今は忘れてもよいだろう。
三番目の話をすると言ったそばから第一の用法で失礼するが、ラケル界の魔法は極めて機械的な事象だ。一と一を足し合わせたら二になるような、二と二を掛け合わせたら四になるような、水素と酸素を反応させれば水が生じるような、そんな定められた法則を有する、すなわち
さて、ヒトが魔力を用いてなにかをしようとしたとき、それは『魔法』と『魔術』に大別されるのは前述の通りだ。ではそれらが具体的になんであるのかと言えば実に単純明快な話で、科学的な手法を用いるかどうかというところに帰結する。より直接的に言うと科学的であれば『魔術』、感覚的であれば『魔法』となる。
この科学的――ラケルの
ではその『術式』とはいったいなんぞやという話になるのだが、これは言語化するのがなかなかに難しい。
簡潔に言い表せば『魔法文字と呼ばれる様々な形質を持つ魔力を、法則に従って集合させたもの』だろうか。
まず魔術文字であるが、例えるなら陽子だの中性子だの電子だのといった、原子を構成する材料だ。多様性で言えば原子そのもの、あるいは素粒子を挙げるのが適当かもしれないが、ここは分かりやすさを重視して原子の材料としておこう。
その原子の材料こと魔法文字を組み合わせて原子を作り、それを所定の数集めて分子にして、先に挙げた水素と酸素の化学反応のように集合させる――大雑把に過ぎるかもしれないが、これが『術式』だ。
そしてそこにエネルギーこと魔力をさらに与え反応を引き起こせば『魔術』となり、魔力でできた水素と魔力でできた酸素と魔力でできた熱エネルギーから魔力でできた水と、あとはまあ化学に則るなら魔力でできた熱エネルギーとが事象として発現する。
実際の『術式』は化学的なモデルとは似ても似つかない魔術的文数画学とでも形容すべき奇天烈なものなのだが、それこそ名状し得ぬナニカなのでここでは省かせてもらおう。
繰り返しになるがリド・ヤークトーナ=クーシラは騎士として致命的な欠陥を抱えている。なにせ現代魔術の根幹を成す『術式』の構築能力を欠落しているのだ。魔道士として未来がない。
これは既存の騎士の類型に当て嵌めるならば悪い意味で感覚的、『術式』の構築が途方もなく
なにせ第零階梯、つまり初歩中の初歩の『魔術』ですら、アズルトには本当の意味で『術式』を組むことができないのだから。
机上での魔術構築の理論は読み解ける。しかし実践、魔力を操りそれを再現する段になると途端に理解が及ばなくなる。
例えるならば用いる言語や単位がまるで別物であるかのような。
アズルトが理論に従い編んだ魔力はどれだけ精確であろうと、決して『魔術』として発現しない。
アズルトの宝珠適性はヒトとしてあるべき最低値を遥かに下回る水準にある。
計測不可能と言うべきか。それでもあえて数値化するならばマイナスの領域だろう。
なにせアズルトの魔力体と接続した宝珠は、例外なくその
ゆえに、アズルトに与えられている宝珠は似て非なる紛い物だ。
宝珠には二つの側面がある。『術式』の構築を魔力体の運動と直結させるとともに発信も行う魔法器官と、『術式』の管理・運用に伴う各種演算を補助する魔術機関がそれに当たる。これらが揃って初めて、宝珠はヒトを騎士へと作り変えることが可能になるのだ。
けれど、アズルトの宝珠には前者の機能しか備わっていない。
宝珠適性については受けた実験の段取りから言って、ヤークトーナ型に共通する特性であることがうかがえる。他方で『魔術』行使の欠陥を克服できぬのは研究者らにとっては想定外の結果であったらしい。彼らの確信めいたその様子からは、逆説的に成功例の存在が導き出される。いや、それさえも逆か。リド・ヤークトーナ=クーシラは紛れもない失敗作だったというわけである。
今日、アズルトが用いている『魔術』はそう呼ぶのも
もっともこれ自体は特別な手法というわけではない。才能に乏しい騎士が用いる苦肉の策でもあるからだ。
しかし当然のことながらそれで出来上がる騎士というのは、術理を理解していないのだからほとんど応用の利かない三流騎士となる。
ゆえに、アズルトは自らを騎士と思ったことはなかった。魔道士ですらない。
出来損ないの魔法使い、失敗作の人造天使、数字で表されるだけの不出来な戦闘員。
それがアズルトの
けれど一つだけ、そう一つだけ変わった点があるとするならば、己で下した評価を覆したいという静かな野望が、胸のうちで
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