第19話 休息日と教官からの呼び出し
学園生活四日目。
もう四日、いやまだ四日しか経っていないことにアズルトは愕然とする思いを抱かずにはいられない。
この日は
朝からバッテシュメヘ教官の呼び出しを受けているアズルトにとっては、まるで別世界の出来事であるが。
休息日ついでにラケルの暦について軽く触れておこう。
数多あるラケルの暦は、そのおおよそが
天紋はこの
創造主の
数多の恩恵と、そして制約をラケル界に布くまさしく
この天紋は晴れた日なら日の出(四刻)と日の入り(十二刻)の前後は肉眼でも見ることが出来る。アズルトも初めて目にしたときには、呆けたように消え去るまで見入っていたものだ。
実際に用いられている暦としては、地上世界を共通するものとして教会暦が代表的だろう。そして各地の主教座が管理する教区ごと、ないしは国ごとに別の暦を作り併用しているパターンが多い。ムグラノ地方で言えば、後レナルヱスタ教会歴と各国の暦といった形だ。
天紋のある小周期を一年と定め、四つの季節を月で表し、それをさらに四つにわけた節で構成される。
つまり一年は四ヵ月で、十六節となる。
十六節の単独表記も少なくはないが、主流は四つの季節――《
今であれば銀吹の一節、あるいは銀吹の月第一節だったり、銀月の一、銀一節といった表現で語られる。
節の日数だが、実にまちまちである。年ごとにそれぞれの節の日数が変わり、短い節だと十八日ほど、長いと二十八日ほどになる。そのため日付で語られるよりも、上旬・中旬・下旬と節のどの辺りかを重視して語られる場合が多い。
週は六日。祈りの日なるものがあって休息日として扱われる。信心深いものはこの日に教会を訪れ祈りを捧げるのだが、現代にあってはそのまま休日との認識が強い。
一日は日の出を四刻、日の入りを十二刻とする十六刻で表す。したがって固定ではない。一刻は大雑把に一時間半くらいの感覚だろうか。慣れてしまうと一刻は一刻という意識になるのではあるが。
教会の鐘に魔力が込められており、それを利用する形で自動調節される時計がラケルにはある。一般家庭に普及するほどではないが、学園には寮の各部屋にも備え付けてあり、日々の行動の指針となっている。
固定時間計はまた別にあり、教会組織は必要に応じてこれらを使い分けている。
年の変わり目は教会暦が
これらは基本的にわざとずらす形で設定される。まれに教会の権威を取り込むためにあえて同日にしたり、逆に国家の優位性を示すために同日にする場合もあったりするのだが。
そうした理由から、教会暦と地方・国独自の暦は年号が変わるタイミングが異なる。
時間の感覚が曖昧なところなど社会構造の変化に対して不便ではないかと疑問を抱くところだろうが、先に述べた通りそれぞれの単位は魔力の周期から定められたものなのだ。魔力を社会の礎とするラケルにおいて、日の中での変動も無視できるほど小さなものではない。
古い時代ではどの時間になにをするというのが綿密に定められていたりもしたし、現代でもその慣習が続けられている地方は多い。
もっとも、ムグラノなどはニザ瘴土帯の影響で魔力場が滅茶苦茶に壊され、そうした基本が通じない辺境地方となってしまっているのだが。
話を戻そう。
アズルトがバッテシュメヘ教官から来るようにと仰せつかったのは研究区画にある測定会場。昨日世話になった検査室の並びだ。
誠にありがたいことに、伝言役となった騎士会の上級生が道案内まで務めてくれるという。
昨日、大きく出遅れたために長々と居残り検査をさせられた後、夜遅くまでかけて練った休日の予定が崩れそうな予感に、アズルトの心は重い。
騎士会員に連行され、気が乗らぬまま検査室に辿り着く。
形だけの感謝を述べて部屋に入れば、怒り心頭といった様子のバッテシュメヘ教官が満面の笑みで歓迎してくれた。
「おいガキ。仕事ほっぽり出してなに遊び呆けてやがる」
「遊ぶもなにも、部屋にいなければこんなに早く来れてはいませんよ。というか、仕事は果たしたはずですが」
「この馬鹿が騎士会の連中と追いかけっこをしていた件について弁明は」
バッテシュメヘの言うこの馬鹿――長椅子で丸くなって寝ているクレアトゥールに視線が向く。
ざっと見た感じでは怪我はなさそうだ。
「怪我人は」
「いるわけねえだろ阿呆」
「ならなにも問題はありませんよね」
アズルトは諸々に目を瞑って言い切った。
思うに、クレアトゥールは騎士会の区画を無断で通り抜けようとしたのだろう。バッテシュメヘのことだから、それも見越して騎士会には検査室への案内も手配していたはず。なのに騒ぎになった。
そこまで面倒を見切れるかというのが本音だ。
さて用件も済んだことだし帰るかと踵を返したのだが――。
「おい。なに帰ろうとしてんだ糞ガキ。おまえは今日一日これの運搬係だ」
耳を疑うようなバッテシュメヘの言葉に動きが止まる。
「運搬係、こいつの。新手の冗談かなにかですか」
「付き添いだ。目付か、どっちでもいい。ついでに運べ」
「いやー、脈絡がなくてちょっと話についていけません。検査担当の職員がやるものですよね、そういうのは」
「普通ならな。だがこれは普通か、考えてみろ」
言って自身の額を指先で叩く。
「常識も分別もないこれが宝珠を持つ。適性だけ見ても在学中に黒位だ。なにかあった時に誰が止められる。おれだって今朝の件がなけりゃンなこと言ってねえよ、面倒くせえ。だがな、恨みを買って教職員に被害を出すのは避けたい。接触は必要最低限に抑えさせる。おれがやってもいいが元から憎まれ役だ、これ以上買ってどうするよ。てめえ馬鹿じゃねえんだからわかるだろ。憎まれ役は多い方がいい。個々への敵意は薄れるからな。多少計算ができりゃ、狙うのはおれかおまえだ。口挟むなって言ったのはてめえだろ、なら腹括れ」
バッテシュメヘは一つ明言を避けていることがある。
教職員に被害を出したくない理由だ。
学内での宝珠の許可ない私的使用。個人的な怨恨による教職員の死傷。宝珠剥奪の上での退学処分で済めば上等で、その場で処刑も十分にあり得る事態だ。
直に接してみて矯正の余地はあるとアズルトは考える。けれどアズルトの知るクレアトゥールの未来像が、それが甘い考えであると訴えて止まない。
「……この任、しかと承りました。これでいいですか」
アズルトは即座に勘定を済ませバッテシュメヘの案に乗ることを決めた。
今日の予定は明日以降にも回せるものだ。けれどこれはそうもいかない。
「おれはもう一度騎士会に顔出してくる。なにかあったらそっちにヒトを寄越せ」
そう言い残すと、バッテシュメヘは眠るクレアトゥールには視線もくれず、足早に部屋を後にしたのであった。
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