第14話 騎士と測定と宝珠と

 儚き幻想と知ればこそ、ヒトは恋こがれるのかもしれない。

 つまりなにが言いたいのかといえば、アズルトの平穏を願う祈りは聞き届けられなかったようである、という非情な現実についての話だ。


 学園生活三日目。

 暴走列車の追突から始まった四組ルースの、この日の予定は丸一日が『測定』で埋められていた。内容としては健康診断、というよりは精密検査を思い浮かべてもらうのが近いだろうか。


 この測定、肉体の状態を確認する意味ももちろんあるが、主たる目的は宝珠と接続した魔力体の変化の詳細な観測を行うことにある。

 現代では宝珠適性の検査にさえ合格すれば、あとは騎士養成学校を卒業するだけで誰でも安全に騎士になることができる。

 けれど昔はそうではなかった。クアルアネハルよりも前の時代までは、宝珠を形成する術式を魔力体に接続すること、それ自体が大きな危険を抱え込む行為だったのだ。


 人造魔法器官、ないしは融合型魔術機関の名で呼び表される<宝珠>は、ヒトをして魔術機関へと作り変える禁術にほかならない。

 普段人々が目にし<宝珠>として扱っている結晶状の物体は、パッケージ化された術式に魔力を用いて仮初の形を与えたものだ。それを魔力体に取り込むことで、ヒトは補助器具なしに高度な魔術を行使することが可能になる。

 より露骨な言い方をすれば、先の言葉の通り、魔力体ヒトを魔術によって兵器騎士へと作り変えることで、それを可能にのだ。


 魔力体の変質は肉体に波及する。そして宝珠の度重なる使用はそれを加速させた。

 ヒトという器を維持できなくなり、塩となって朽ち果てるのは騎士のありふれた末路だった。当然のことだが、これを回避しようという試みは行われた。

 根本的な解決には至らなかったが、肉体の変質を許容することで死を先延ばしにする方法などは、一定の成果をもたらしたと言ってよい。それが騎士により陰惨な結末を与えたことは疑いようもないが、兵器としてはある意味で望まれた最期だったのだろう。


 昨今の騎士でそうした末路を辿る者は、皆無とは言わないまでも、限りなく少ない。

 時代の移り変わりとともに騎士の運用思想ドクトリンが見直され、長く使うことに重きを置かれるようになったのが大きい。

 主力たる黒位の損耗を抑えつつ、経験の蓄積による戦力の総合的な向上を図る。

 必然、宝珠の運用についても方針の転換が行われた。


 現代の宝珠には幾重にも安全装置リミッターが施されている。

 だが実はこの安全装置リミッターというところが曲者だった。これまでの研究成果が除外オミットされているわけではない、ということだ。

 ヒトとしての肉体を対価として失ってでもヒトに勝利をもたらす。宝珠にはそうした機構がいくつも残されている。

 戦局に応じてこの制限を取り払う用意が、宝珠の供給元たる教会にはあるのだ。

 もっともそうした大きな思惑を持ち出さずとも、この仕掛けが厄介であることを理解してもらうのにはただ一つ現象を取り上げるだけで事足りる。

 不正が横行するのだ。


 宝珠に組み込まれている安全装置リミッターは、教会の設備でなければ解除できないというほど高度なものではない。赤位に昇格したばかりの騎士が独力で解けるほど甘くはないが、一級魔導師相当の知識があれば青位でも外すことができる。

 魔導師にはそういったものを生業にしている者もいるし、探せばイファリス学内においてでさえ、調整を請け負う者が両手の数で収まり切らないほど見つかるだろう。


 機能について言えばなにも安全装置リミッターを外すだけではない、そこに書き加える者や、宝珠にまったく新しい機能を付け加える者もいる。完全な自作となると敷居が高いが、それを補助する便利ツールや、より手軽にした簡易作成キットなる術式については、少なくとも北寮会で取り扱っているのを確認している。

 完成品も大っぴらにではないが流通しており、依頼して作ってもらうといったことも不可能ではないらしい。安全性や後々の調整を考慮すると自作するだけの知識を持つか、運用実績のある完成品を購入するのが推奨とのことであったが。


 教会は表向きこうした違法改造を認めていない。けれど実情、つまり運用母体である騎士養成学校は驚くほど寛容だった。禁忌に抵触するほどの行為であっても黙認される事例ケースが多々見受けられる。

 これは教会組織の最上層が騎士の本来あるべき姿を、旧来のものと定めているからなのではないかと推察される。これは安全装置リミッターの存在からも導き出されるものだ。

 ただし、管理は必要だ。


 結果が教会としての許容範囲内に収まるよう、場合に応じて介入を行う。定期的な測定はその判断材料を得るための手段としてある。

 とは言え今回の測定はその前段階だ。

 候補生に宝珠が与えられるのは、それを用いる上で必要となる最低限の知識を身に着けてからのこと。

 今はまだ宝珠を取り込む前のまっさらな状態。正常な魔力体を記録に残す最後の機会としてこの測定は設けられている。


 最後の部分については例外もそれなりの数に上るのであるが。

 すでに宝珠を得ているアズルトなどはその筆頭であろう。筆頭というか、騎士養成学校を経由せず宝珠を得るのは禁忌に抵触する行為であり、発覚すれば即処刑の大罪である。

 ニザ東域守座バルデンリンドには宝珠を取り扱う権限が与えられているが、事実上というもので、アーベンス王国の諸侯に過ぎぬバルデンリンド公爵にはそれこそなんの権限もない。したがってその陪臣として入学しているアズルトにも宝珠を有する資格など認められていないわけで、その辺りの隠蔽には色々と根回しやらが必要なのである。


 先ほど『宝珠適性』という言葉を用いたが、これは宝珠と魔力体との相性を示す指標として用いられる。親和性と言い換えてもよいが、この値が低いと最初の接続の際に魔力体が強い拒絶反応を示し死亡する危険性がある。『魔力適性』そのものについては、個々の宝珠に対して別個に存在するものであるのだが、均一な適性値を示す一群というものがある。それが騎士養成学校で支給される初期状態の宝珠である。


 標準宝珠とも呼ばれるこの宝珠は、最も多くのヒトと適合できるよう調整されており、騎士の資質を有するヒトの九割がこの宝珠との接続で致命的な問題を生じないとされている。

 入学資格の有無を決める上でまずこの標準宝珠との適性を見るというのは実に理に適った制度であると言えよう。原則としてこの適性値が基準に達していなければ試験を受けることさえ認められない。


 原則である。基準を満たす宝珠を自前で用意できればこの資格審査は通過できる。

 だがそれは生半可なことでは成し得ないものだ。

 標準宝珠との反応値から適性傾向を導き出し、該当する宝珠を世にある数多の宝珠から探し出す必要がある。教会に助力を求めることは可能だが、まず金銭面の問題がある。そして適性とされる宝珠を見つけたとして、そもそもの騎士としての資質に乏しければ適性値は伸びない。労力も資金も水泡に帰すのだ。

 仮に騎士となれても問題は残る。宝珠が棄損した場合だ。代替の宝珠を得られなければ、当然のことながら騎士としての道は途絶える。


 付け加えるならば、宝珠の私的な取引は教会法で固く禁じられている。公的なものであっても教会の立ち合いが義務付けられていた。

 したがってこの特例を用いて入学を果たすのは、諸侯の縁者が大多数を占める。

 先に述べた資金的な事情もさることながら、彼らが退役騎士から回収した宝珠を管理する立場にあることが大きい。その主たる役割は戦時下における宝珠の損失への対応であるが、領内に所蔵する宝珠と適合する希望者がいれば、その者へ宝珠を譲渡することが教会から認められているのだ。

 そして権利の悪用を考えるのはヒトの性というものか。彼らは横の結びつきを利用し、なんとかして縁者には適合する宝珠を与えようと画策する。


 さて、前置きが長くなった。

 こうした標準宝珠に不適合な候補者は、入学手続きのなかで専用宝珠との接続実験を行った上での入学という流れを取ることになっている。

 これらの宝珠が、基準値を満たしていようと標準宝珠に比べ接続時の危険性が高い傾向にあることが理由だった。

 大抵の場合は初期接続の反応だけ確認して解除され、本接続は他の候補生と同時期に行われることになるが、それでも魔力体には接続による変質が認められるものだ。


 場合によっては標準宝珠との適性基準を満たしていてなお自前の宝珠を用意する者もいるし、標準宝珠で慣らした後にそれへ切り替える者なんかもいる。

 いずれにおいても事前の申告と接続実験の施行が求められ、この測定では例外として扱われることになる。


 アズルトも書類上は適性値不足――実際にも不足しているのだが――でバルデンリンド家が管理する宝珠を使うということになっている。

 加えて『初期接続の経過が良好ではなく、接続状態を維持したまま数日間の慣らしを行い安全性を確認した』として報告されている。

 測定の際には宝珠を外すことはもちろんのこと、薬を服用し魔力体の状態を意図的に歪め誤魔化さねばならぬなど、神経を使うところが多い。


 四組ルースではアズルトの他に、北の方位守家であるゲッヴェ辺境伯家のハルティア・オンが、例外として慣らしまで済んでいるとして報告がなされていた。

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