第11話 負けイベント?・前
第五屋内訓練場の焼け焦げた地面のすぐ外側。教官一人に候補生が八人、距離を置く形で対峙している。
この八人の候補生の内、実に七人がゲームに登場したキャラクターと言えば、なんとも豪華な顔ぶれに思える。
半数がやられ役としての登場ではあったが……。
実のところ、アズルトは騎士家出身のニーやジェイクを覚えてはいない。試験で測定された宝珠適性や魔力値を他の騎士家の者と比較した上での推察である。剣士系のユニットは他の組にもいくらでもいるので、それこそボス格にならないと記憶に残らないのだ。逆説的に、彼らがボス格ではなかったということの証明にもなるのだが。
それでも、残る五人については間違いがない。言わずもがなの裏ボス『クレアトゥール』、
ストーリー後半の部隊戦闘では、条件を満たせばキャスパー、メナ、ガガジナの3人を仲間として使うことができた。懐かしいものだ。
懐かしんでいる場合じゃないな。アズルトは頭を切り替える。
どう考えても負けイベントだが、一矢くらいは報いたい。報いたいが……使える駒がクレアトゥールとキャスパーくらいしかない。
先の説明で前衛後衛揃っていると思うのは早計だ。なにせそうした能力に仕上がるのはストーリーがもうしばらく進んでからの話。おまけにメナとガガジナは仲間になった上でなお晩成型だ。もっと言ってしまえば周回プレイ前提だ。
そしてなにより最大の問題は、アズルトたちがまだ宝珠を得ていないことにある。闘気と強度の低い略式魔術でどこまでやれるのか。騎士の技の数々を魔法によって再現する、とかいうヒトの域を踏み外した芸当を行うメナだが、本職が相手では厳しかろう。
バッテシュメヘも同じ条件だが年季が違う。騎士の闘気は往々にして宝珠による身体強化術式を下地にしているもので、ほぼ魔術の域まで最適化されている。略式魔術にしても同様のことが言えた。正面からぶつかれば必ず力負けする。
「おまえらはああならないことを期待する」
外した宝珠を見せびらかし、バッテシュメヘが煽る。
呼応するように明瞭な魔力の波動が漂った。
発生源はベルナルドだ。練り上げられる魔力は術の体を成している。紛うことなき略式魔術。先の面々が用いた魔法とは在り方の次元が違う。補助器具たる杖もなく起動させてみせるのは、魔術砲台の面目躍如といったところか。
だが、所詮は三級魔術師の無手詠唱だ。これでは牽制にもならない。
騎士に精通するメナもそのことを理解しているのだろう。抑えられた魔力放散から、すべてを身体強化に注いでいるのがわかる。
術比べに勝機はない。ベルナルドを除く皆の意見は一致していた。
けれど、それすらも前提だ。バッテシュメヘは魔術に頼らずにこちらを捻じ伏せる気でいる。舐められているのだ。
付け入る隙はあるとアズルトは考えていた。どれだけ強化しようと人の身で取れる動きには限りがある。肉体の改変を常態化できる化け物でないことは、赤位に留まっていることから明らかだ。
連携さえ取れれば……、その手順まで思考を進め、アズルトは胸の内で苦笑した。
こうして想像できるのは、アズルトが七人の力量をおおよそ把握しているからだ。
他の者たちはどうか。
互いの力量も知らぬのにどうやって合わせる。そも、クレアトゥールの全力に合わせられる者がいるのか。
アズルトにはかえって邪魔になる未来しか見えない。
仕方ない、とアズルトは緩く長剣を構える。
現状の戦力でバッテシュメヘに土をつけるにはクレアトゥールの力が不可欠だ。そして他の者に期待できぬ以上、不足を補う役は自分でやるしかない。
凡百として埋没するという当初の志は、強敵との闘いを前にすっかり散り落ちていた。
しかしそれもまた仕様のないこと。アズルトは元より愉楽の中にのみ生きるモノなのだから。
「おれに当ててみな」
その声が開幕の合図となった。
余韻も消えぬ間に、ベルナルドから氷の巨杭が高速で射出される。その勢いたるや砲弾のごとし。
だが氷杭がバッテシュメヘに届くことはなかった。
道半ば、いや。一割ほど進んだところで粉微塵に砕け散ったのだ。
ほぼ同時に、ベルナルドの手にした槍が弾かれる。そして魔術障壁が破られる甲高い音とともに肉達磨が冗談のように宙を舞った。
速い。宝珠なしで無位の騎士に匹敵する瞬足。遠からず黒位へ昇格すると評されるだけのことはある。
けれどそれを黙って見ているほど残された七人も甘くはない。掌底を突き出した体勢のバッテシュメヘに攻撃が殺到する。
ただどうにも、腕の方は足りていないらしかった。
騎士家の二人がほぼ同時に剣を振るい、そしてこれまたほぼ同時に強制退場。続く金砕棒は、闘気に付与魔法を合わせ尋常ならざる膂力で振り下ろされたにもかかわらず、真っ向から逆袈裟に弾き飛ばされる。
それらすべてを囮にしたメナが影のように刃を振るうも、割いたのはバッテシュメヘの残像のみ。
そして繰り出される反撃を体重移動のみでやり過ごすと、一転、雷光を思わせる二之太刀がバッテシュメヘを襲う。
しかし、それこそ幻のように現れた手刀が剣の腹を無造作に払った。
そこにいかな力が込められていたのか、必殺を思わせた一撃は大きく軌道を歪め、刹那生じたメナの隙はバッテシュメヘによって容赦なく蹴り飛ばされた。
メナの攻勢に合わせ飛び退くことに成功したガガジナだったが、二人の攻防に割って入ることは出来ず、メナを蹴り飛ばした勢いのまま肘を決められ、見せ場を作ることなく撃沈する。
そして裂帛の気合いと共にキャスパーが斬り込……む!
なぜ一拍の間を置いたのか、アズルトは訝しんだ。あえて万全のバッテシュメヘに飛びかかるとか、アズルトにキャスパーの考えは理解が遠い。
正面から打ち合ったキャスパーが絶叫とともに頭上を飛んでゆく。
バッテシュメヘの踏み込む気配を察し、アズルトは軸線上にクレアトゥールを置く形で半歩ほど身を引いた。
ほぼ同時、クレアトゥールの剣がバッテシュメヘの銀光を弾く。
重い斬撃に小柄な体躯が傾ぐが、それもクレアトゥールは計算ずくだったのだろう。反動に身を任せ、わずかに上体を捻ることで抜き手を躱す。
腰を落としたアズルトは彼女の影から飛び出すと、バッテシュメヘの伸びきった左半身目がけ掬い上げるように剣を振るった。
だが、切っ先は寸でのところで避けられる。引くのではなく捻ることで軌道から体を逃がされたのだ。
バッテシュメヘの無防備な背中が視界に映るが攻め手はない。
いや、それは誤りか。あるにはある。だがアズルトがそれを選ぶことはない。魔術を縛っている相手に捨て身で剣を当てたところで負けを認めたのとなにが違う。
直後に襲い来る右からの斬撃を、身を屈めながら両手で構えた剣で流す。――が、これは上手くいかない。軽く触れたところで尋常ではない衝撃だけを残し剣先が翻る。
受けるのも躱すのも不可能。瞬時に判断したアズルトはしかし焦ることなく距離を取り、その一撃はクレアトゥールに押し付けた。
二度銀光が閃く。
彼女の纏う闘気は量で質を補う形でバッテシュメヘを押しているが、いかんせん体格で大きく劣る。
クレアトゥールが二撃目を受け流すことに失敗し、迫り合いになる寸前、アズルトは刃を割り込ませ助け舟を出す。
拮抗はコンマ一秒も続かなかった。腰を沈め剣を流したクレアトゥールが攻勢に転じたからだ。
だがそれでも、有効打を与えるには至らなかった。
バッテシュメヘは逆手で抜いた短剣で彼女の剣を受けると、その衝撃を利用し大きく距離を取る。
その体からはなぜか気勢がすでに散っていた。
もっともアズルトはそれで気を抜いたりしない。
クレアトゥールが自然な動作で振り返り、これまた何食わぬ顔で一歩を踏み出すと上段からの振り降しをアズルトに見舞う。
そんな見え見えの攻撃が当たるはずもないが、避けた脇を通り過ぎる刃は、例えそれが潰れていようとも容易く人を殺せるだけの速度と重さを持っていた。
どうやらこの狐のお嬢さんは先程の戦い方がお気に召さなかったらしい。
「あたしを盾に使ったろ」
「他の奴らも似たような戦い方してたからな。それでやられたのはまあ、見る目がなかったんだろう」
アズルトが肩を竦めると、クレアトゥールの尻尾がびたんと大きく空を叩く。
不意にくつくつと笑い声が漏れ聞こえた。
「結構、結構。くくっ、いや結構なことじゃないか。なあ、そう思うだろう青騎士諸君。いや良い。今年は間違いなく当たり年だ。流石にこの競争率を抜けてきた特
最後の言葉は、ここにいない誰かに向けられているようにアズルトには聞こえた。
「発言を訂正してやろう。おまえら四人は騎士の道に立っている」
四人――そう、未だ戦闘能力を失っていない者が、アズルトとクレアトゥールの他に二人いた。
蹴り飛ばされたメナが整った唇を引き結び、足の不調を隠すように戦線へと復帰する。
「くっそどうなってんだ。剣で受けたはずなのに全身が血を噴きそうなほど痛てえんだけど、ってか血ぃ出てんじゃねーか。どうなってんだコレ!」
ぎゃーぎゃー喚きながらキャスパーも戻って来た。
魔力弾を正面から受ければそうもなるだろう。普通は失神している、頑丈な奴だ。
「さて第二ラウンドといこうか。もし一撃受けても立っていられたなら、次の試験ではどの科目でも評価をひとつ満点にしてやるよ」
掌に乗せた宝珠を展開し、騎士とヒトとの差を見せるとバッテシュメヘが宣言した。
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