第12話 負けイベント?・後
「さて第二ラウンドといこうか。もし一撃受けても立っていられたなら、次の試験ではどの科目でも評価をひとつ満点にしてやるよ」
掌に乗せた宝珠を展開し、騎士とヒトとの差を見せると宣言をするバッテシュメヘ。餌をチラつかせている辺り、勝たせる気がないとしか思えない。
いくつかバッテシュメヘの勝ち筋を想定してみるが、今のアズルトではどう足掻いたところで力技で捻じ伏せられて終わり。最前線の騎士が相手ではクレアトゥールを盾にしたところで
それに、この人数差は騎士の有利に働く。
「教官殿、腕が痺れて動かないので棄権します」
「ハァ?」
仕方ないだろう。そう、仕方がない。
裏ボススペックの狐娘が体勢を崩されるような攻撃を二度も受けたのだ。それよりも明らかに少ない量の闘気で。
腕が動かなくなったとしてなにもおかしいことはない。
「使えねえ奴だな。さっさとすっこめ」
悪態をつきながらもバッテシュメヘはあっさりと棄権を認めてくれた。打ち合った闘気の感触や入学試験のデータから、そうなるのもやむなしと判断されたのだろう。
なにせ『アズルト・ベイ・ウォルトラン』の基本スペックは騎士家の二人にも劣るのだ。
感謝を述べバッテシュメヘに背を向ける。
そして「指先」とだけ呟きを残しその場を離れた。
クレアトゥールであればもしかしたらと、そんな好奇心からのひと言だった。
そこから先はすべてがあっという間の出来事だった。
初めに伸された十九人の中で、その始終を把握できた者がどれだけいただろう。
銘々に剣を構え、さながら正方形のようにして対峙する四人。
火蓋を切って落としたのはバッテシュメヘだった。
「今度はこちらからいくぞ」
そう言って魔力に揺らぎが見えた時には、すでにその姿は消え失せていた。
より正確には、クレアトゥールの背後にあった。
縮地――それは騎士の真の入口にして絶技。圧縮された時空を渡る歩法であり、難解極まる時空魔術の奥義であった。ただし、頂きではない。
その証に、バッテシュメヘが伸ばしかけた左の指先は迫りくる刃を前に引き戻される。
間合いも読みも無価値とするかに思える縮地であるが、万能からは程遠い技術である。その理由は先に述べた通り難解であるがゆえ。
縮地はその魔力制御の難解さゆえに、外部からの魔力干渉に対し致命的なまでに脆弱だった。
もちろん縮地の構成そのものに術式攻撃を阻むための防壁は組み込まれている。しかしその防壁は、自然界に存在する超高密度の魔力構造体群――人類種、魔種、龍種――そのものによる魔力干渉に機能しない。
つまりなにが言いたいのかといえば、歪めている時空に人が触れたらそれで術式は壊れるということだ。したがって詰められる距離には限界があるし、その動きを予測することも不可能ではないのである。狙いが一人に絞られるとなればなおのこと。
もっとも、赤騎士を相手にする以上それで手詰まりだ、続く攻撃の手はない。
しかしそれでよい。クレアトゥールの勝利条件は一撃受けて立っていること。もちろん先んじて攻撃を潰してしまっては、それは受けたことにならないだろう。客観的事実であり、異論を挟む余地などありはしない。バッテシュメヘは受けることを勝利条件にしたのだから。
けれど、潰されたバッテシュメヘ当人にしてみたらどうだろうか。
抵抗も許さず一手ですべてを決めるつもりでいたのだ。絶対的な自信で思い描いた結末は、不意の一撃に乱された。
ではどうする。刃を避け、損ねた一手を継続するか。正面から捻じ伏せるため身を退くか。それは矜持が許さないだろう。
案の定、バッテシュメヘは力技に出た。それだけの実力を持っているのだ。
目の前を通り過ぎようとする刃に無造作に剣を噛ませその動きを止めると、突進の如き踏み込みとともに刃を振り抜き、文字通りクレアトゥールの体ごと弾き飛ばした。
剣身が離れる瞬間に雷弧が見えたので、付与術も交えていたのは間違いない。面子があるのだろうが少々大人げない気がしないでもない。
この段になってキャスパーとメナがクレアトゥールのいた場所を振り返るが、残念ながらバッテシュメヘはもうそこにはいない。
直後、二人が揃って地面に崩れ落ちた。
指先に灯した雷撃系の魔術で、首から下の自由を一時的に奪ったのだろう。二人とも若干抵抗する素振りが見えたのは流石だが、慢心を捨てた赤位の動きにヒトが抗し得る余地はない。
この間、五秒たらず。
いやはや見事な手並みである。そして赤位らしい手段を選ばない戦い方でもあった。
アズルトとしても将来有望な候補生に初見殺しを学ばせるというのは、実に理にかなっていると考える。それでもクレアトゥールのことがなければ、そのやり口に嫌味のひとつも言えたのかもしれない。現実とは非情なものである。
「サスケントの暇人ども、手頃な玩具が来たからって遊び過ぎだ。なんで騎士相手の戦いに慣れてんだよ。候補生が縮地に完璧に合わせてくるとか冗談じゃねえぞ」
縮地とは時空間を操る魔術である。静止した時間を渡る特性上、術者は術式の発動後に任意にその出現地点を決定することが出来る。したがって移動先を読んで先に攻撃を置いておくなどという、ゲームにありがちな瞬間移動対策は意味をなさない。
狙うべきは術が解除された瞬間。再行使までのその刹那に後の先を返す以外、アズルトらに縮地を攻略する手立てはない。
などと言ってはみたものの、赤騎士相手に騎士でもないヒトがそれを通すのは不可能に近い。
バッテシュメヘの独白も怨嗟と言ってよいものだった。先までの意気揚々とした気配は底冷えする嫌気に取って代わられ、もはやどこを探しても見つからない。
それはそうだろう。なにせバッテシュメヘは敗北を喫したのだから。
「おまけに宝珠もなしに魔術対策を仕込むか、あの悪ガキ」
剣を支えに膝立ちになるクレアトゥールを見てバッテシュメヘが舌打ちをする。やはりキャスパーらに撃ち込んだものと同等以上の魔術を使っていたらしい。
なにはともあれ彼女は攻撃を凌いだ。ならば称賛されて然るべきなのではないだろうか。
アズルトは場内を見渡す。
ひよこたちは未だ状況を掴めていないらしく、倒れ伏し介抱を受けるキャスパーやメナを指し
手の空いている教官は戸惑いをその面に滲ませ、バッテシュメヘの対応を待っている。
損な役回りだとは思いつつも、アズルトは教官に近づく。そして小声でぼそりと言葉を落とした。
「教官。立っていますね」
「……ああ」
バッテシュメヘの応答は鈍い。眉間には深い皺が寄り、なにか思案に耽っている風である。その双眸は、身を起すのがやっとという有様のクレアトゥールを射抜いているようで、別のなにかを探しているようにも見える。
「単位一つ免除でしたっけ、羨ましいですね」
返事はない。
余人の干渉を拒む立ち居姿にアズルトの気弱が鎌首をもたげるが、このまま思考に没頭させるのもそれはそれで問題があるように思えた。
危険な臭いがするのだ。ロドリック・オン・バルデンリンド公爵と旧知であるらしきこの男からは。
クレアトゥールで遊び過ぎたかもしれない。
「拍手でもした方がよろしいですか?」
やや大仰に、打ち鳴らす寸前の形に手を構えてみせる。
ここにきてようやく、狐娘へと振り向けられていたバッテシュメヘの意識がアズルトへと移った。そこからの反応は、まあアズルトの予測を大きく外れるものではない。
「……おいクソ餓鬼。腕の具合が随分と良さそうだな」
「はい、どうやらそのようです。少し休ませて頂いたからでしょうか」
しれっと言い放つ。
少し――時間にして一分強といったところか。言うまでもないことだが嘘であるし、バッテシュメヘがそのことに気づかないはずもない。
上官を馬鹿にしているのかと問われたら詰む。思惑は別としてこれ自体は煽りに他ならないからだ。『はい』を選べば制裁と殴られて、『いいえ』を選べば嘘だと殴られる。
まあアズルトにしてみれば詰んだからどうしたという話で、ここで切った札についても近く捨てる予定でいた。クレアトゥールへの接触を試みるのに凡愚では、却って目立つ。
もっとも、辟易するといった面持ちで額に手を遣るバッテシュメヘの様子を見るに、枝葉の方に食いついてしまったようなのでアズルトの身辺への追及はないだろう。
ただ、それはそれこれはこれである。
「ああそうかい。ならここの後始末は全部おまえがしておけ」
「……は?」
思わずアズルトの口から間の抜けた声が吐いて出た。
後始末――後半組の散らかしたあれやこれの処置のことだ。術を使えば炎で一掃きであるものを、わざわざ! 手で! 片づけさせる気でいる。
いささか贔屓ぶりが目に余るのではないだろうか。悪い意味で。
「それが返事かアズルト?」
「はい。いいえ、了解しました」
かくてバッテシュメヘの憤懣はすべてアズルトに押し付けられたのである。
クレアトゥールの件は有耶無耶になったまま、本日の訓練はこれにて終了と相成った。
約一名を除いて。
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