第6話 騎士とは

 騎士と言われた時、皆はどのような者を思い浮かべるだろうか。

 名が示す通り馬や竜、果てには人型機動兵器に乗って戦う、騎兵を思い浮かべただろうか。

 騎兵に始まり後に騎士道を体現するに至った、騎士爵と称される下級貴族を思い浮かべただろうか。

 それともファンタジー世界に登場する英雄、鎧を着込んだ戦士を思い浮かべただろうか。

 中には、遠い昔、遥か彼方の銀河系に存在したとされる光の戦士を思い浮かべた人もいるかもしれない。

 ラケルにおいて騎士とはそのいずれでもなく、ある種の魔法使いを指して用いる。


 この世界には人類種と決して相容れることのない、とある種族が在った。

 魔種――そう名付けられた彼らは押し並べて高い魔力を有し、超常の現象である魔法を扱う能力に長けていた。いや、いささか事実を歪曲し過ぎか。長けていたとは教会の弁だが、魔法とはそもそもアレらが生来有していた能力を言い表すために付けられた呼び名なのだ。創造主の理の粗悪な模造品と称された時代もあったが、当時のヒトはそんな模造品さえ扱うことが出来ずにいた。

 ヒトはかくもか弱い存在だったのだ。

 低位の魔種ならばいざ知らず、高位のモノともなると剣や槍では傷をつけることすら難しい。乏しい魔力しか持たないヒトは、長く苦しい戦いを強いられることになる。


 けれど、ヒトは滅びなかった。

 膨大な数の魔種を解体し、研究した。多大な犠牲を払いながら魔法を分析し、解析した。その末にようやく、少ない魔力で効率的に魔法を使う技術――魔術を作り上げるに至る。

 魔術を得た人間は滅亡の縁にありながらも辛うじて、その存在を維持する生存圏の確保に成功した。


 やがて魔術の運用を補助する道具が作られる。単なる増幅器に過ぎなかった杖は、幾度もの技術革新を経て、魔術行使の全工程を代替する魔導器として完成された。その頃には、ヒトはもう魔種によってただ蹂躙されるだけの存在ではなくなっていた。

 そして執念の果てに、ヒトという器の限界を克服する術が生み出される。

 人造魔法器官<宝珠>――それはヒトをして魔術機関へと作り変える超位の禁術に他ならなかった。


 この<宝珠>を扱う者たち『融合型魔術機関搭載魔道士』を、ラケルでは騎士と呼んでいる。



 ◇◇◇



 騎士養成学校イファリス――通称『学園』は王都を一望する西の岩山の上に建つ全寮制の教育機関だ。

 読んで字のごとく騎士を育成するために設立された機関で、その歴史は古く、学舎がこの地に築かれた日より数えたとしてもゆうに四百年は経っている。当然のことながら成立はそれよりもさらにずっと古い。

 割愛するが、大本の騎士養成学校の興りはそれこそ数千年も前のことである。


 ラケルにある幾多の騎士養成学校と同様に、<教会>の協力と監修の元、教区に属する国家の合同の出資で運営されている。

 ここイファリスであればムグラノ教会の管轄ということになり、ムグラノ地方にある三国――アーベンス王国、ハルアハ王国、ランクート公国が主体となって運営資金を捻出している。

 そうした事情から生徒は九割以上が三国出身者で埋まる。もっともその内訳はアーベンス王国が六割強といった具合で、国力の差を如実に表すものとなっていた。


 入学資格は魔力の安定期に入る十四歳から、<宝珠>の定着を考慮して十八歳まで。身分は問わない。

 アーベンス王国における三大教育機関の中で、もっとも広く平等に教育の機会を提供している、というのがゲームにおけるイファリス評だったように記憶している。

 なんとも言い得て妙だ。

 例年であればイファリス騎士養成学校の新入生の約半数が平民によって埋まる。絶対数で言えばジャナク魔導学院が勝っているものの、割合となるとイファリスに軍配が上がる。そういう意味では確かに機会は平等なのだろう。


 予科(騎士候補生)二年と本科(準騎士)一年を基本とし、最長七年の在学が認められている。

 卒業試験は本科一年に進級した直後から受けることが可能で、卒業資格を得た段階で騎士を名乗ることが許される。

 もっとも資格を得たからと言ってすぐに卒業というわけではなく、平民でおよそ七割、貴族でも四割ほどが上限の本科五年まで学園に籍を置く。経験を積む上で、下手な貴族の元で働くよりも、在学騎士ははるかに有益なのだ。


 特徴的なのは学年、組、隊、班、個の活動単位が定められているところだろう。先に述べた卒業試験もこの単位のうちの班で行われる決まりだ。

 ぼっち死すべしという教育方針だが、ここがある種の軍学校である以上は仕方がないと言える。


 組は二十四~二十七人が四つ。つまり一学年は百人前後ということになる。全学年合わせても四百人に満たない。

 ムグラノの人口を考えてもこれはかなり少ない数だ。ジャナク魔導学院の一学年にも劣る人数なのである。イファリスの門の狭さか察せられるだろう。

 もっともこれには明確な理由がある。

 まず、騎士となる上で不可欠な<宝珠>が通常の魔術以上に使い手を選ぶのだ。そして供給可能な<宝珠>の数にも限りがある。

 並の騎士一人が並の魔術師百人に値すると言われるだけあって、騎士を育てるコストも並みではない。


 話を戻そう。組は三つの隊によって構成されるのが基本で、隊一つ当たりは二~三班、班そのものは三人と定められている。

 だが落伍者が出るのが騎士養成学校の常である。この規定は絶対というわけではない。

 ぼっち死すべしとは述べたが、極端なことを言えば一人で班を組み三役こなせば、卒業資格は手に入れられる。


 入学試験の成績でランク付けが行われ、上位者から順に一組アル二組ヴァーテと割り振られていく。上位の組ほど受けられる教育の水準は高く、一組アル四組ルースでは待遇に雲泥の差がある。

 格差を是とするシステムなのだ。機会は平等とはこういうところにもかかっている。

 申し訳程度に加えておくと、これは固定ではない。半年毎に組の成績が審査され、格付けに変動が生じる仕組みを取っている。実績から言って上位ふた組を競わせるためだけに存在しているようなものではあるが、下剋上が叶うという誘惑は良くも悪くも多くの者を奮い立たせる。


 反面、個々人のスコアによる組の移動はない。

 当然だ。これができてしまうと、今日のイファリスの仕組みを作った者たちの思惑が崩れてしまうのだから。

 優秀な騎士を作るためのお高い工場が、お寒い権力闘争の道具である。平和な世の中になったものだと失笑すら浮かぼう。

 アズルトの知る別の騎士養成学校では、そんなことに現を抜かしている余裕はなかった。騎士号を得る前から内地の防衛に駆り出され、可能性を育てる間もなくすり潰される。生き残るため死に物狂いで学び、空いた時間があれば互いの技を磨きあう。

 そういう時代が確かにあったはずなのだ。


 話が脇道に逸れた。

 学内の組織としては生徒会に類する四寮会しりょうかい、在学騎士によって構成されるイファリス騎士会があり、学園の運営の一部を学長より委任されている。両会は学園の外にまで名を知られており、これらに属することは出世において大きな付加価値を有した。

 ラケルにおける貴族は国を問わず、魔種の脅威からの領民の保護を<教会>によって義務づけられている。貴族として特権にあずかるその対価と言うべきだろうか。こうした背景もあり、騎士号の獲得は家督相続にも関わる大事となっていた。

 あまつさえ今年はアーベンス王国の王位継承が絡んでいる。


 アーベンス王国の国体は盤石とは程遠い。二百年ほど前に起きた政変よりこちら、王位継承を巡る骨肉相食む争いが相次ぎ、王家の力は著しく衰えた。外戚として長らく権勢を得てきた二大公爵家によって朝廷は牛耳られ、正統の血筋も諸侯であるバルデンリンドの介入によって保たれている有様だ。

 当然これを快く思わない貴族諸侯は多い。

 とりわけ王の血族ですらないバルデンリンドへの反発は強かった。騎士としての才に恵まれた第二王子に自らの娘をあてがったことも、彼らの憤懣を助長させている。

 そしてまことしやかに囁かれる、現王がバルデンリンドの立太子の求めを拒み続けているとの噂。準騎士号しか持たぬ第一王子を擁立せんとする動きが生まれるのも、避け得ぬ時の必然というものだった。


 ムグラノ貴族の眼はルドヴィク・ラファ・アーベンスに注がれている。

 アーベンスの上級諸侯はもちろん、各国王族までもがこぞって子弟を学園に送り込んできている事実が、その関心の高さをうかがわせる。

 数え役満とでも言おうか。仮にゲームを知らなかったとしても、先に待ち構える荒れ模様は容易に想像ができる。

 もっとも『ムグラノの水紋』は貴族組との呼び名もある上位二組を中心に繰り広げられる物語。対するアズルトは幸か不幸か四組ルースの配属だ。普通に過ごしていれば彼らとお近づきになるなんて事態にはならない。

 そう、普通に過ごしていれば……。


 ――朝のアレは不味かった。

 穏便に事を収めようとして、結果は学園の歴史を塗り替えかねない狂態だ。それでも組分け表を前に決闘騒ぎで死傷者を出した先人に比べればいくらかは穏当と……いや、百年に一度の大馬鹿者と比較される時点でアウトだろう。

 オルウェンキスの高慢にして下種な行いも消し飛ぶ大事件。直後のバッテシュメヘ教官の折檻含めて惨事と言う他ない。

 後悔はしていない――が、頭を抱えたくなるアズルトであった。

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