03:

「相変わらずここは大きいな」


 豪奢なカーペットが敷かれた廊下をハールは歩いていた。カーペットだけではない。壁に飾ってある装飾品、シャンデリア、ただの廊下でさえ何をとっても絢爛さを物語っている。慣れたようにハールは歩みを進めていくと、陽の当たる場所に出た。中庭だ。

 切り整えられた植物が広がっている。


「ばぁっ!」


 一人の少女が植物の影から両手を前に突き出して突進してくる。豪奢にたなびく金色の髪と紺碧の瞳。背丈がまだ自分の胸ほどな少女なのにその容姿は人を跪けさせようかというほど華やかだ。益々母親に似てきたものだとハールは思いながら自分を驚かせようとここで待っていたその少女の様子を思い浮かべ、笑みを浮かべる。


「お久しぶりです!兄さま!」


 少女はハールの腰に手を回し——抱きついている——のどかに地上を照らす陽のような満面の笑みを浮かべながらハールに顔を向ける。


「久しぶりだなアリア」

 アリア=ルミナス=フィーア=アガルタ。この国で唯一名前にアガルタを連ねることができる一族——王家。現国王、ライル3世と現国王の后エカテリーナの娘で第一王子、第二王子に並び王位継承権第三位のまだ弱冠10歳の王女である。


「3ヶ月ぶりくらいか?また大きくなったな」

 ハールは腰に手を回しているアリアの頭に手を乗せてその麗しい髪を撫でる。アリアが微笑むとハールも微かに微笑み返した。

「今日はどうして急にやってきたのです?あ、いや来て欲しくなかったわけじゃなくてっ」

「わかっているよ」

 ハールはアリアの慌てっぷりにさらに微笑む。

「いや、まぁね急用があったんだよ」

「急用……ではまたどこかに行ってしまうのですか?」


「いけませんよ、アリア様」

 冷徹な声。あの猫と同じ声だ。ハールはアリアの頭を撫でる手を止め目を声の主に向ける。マーガレット侍女長。この城において王族の身辺の世話をする多くの侍女の長。黒髪にホワイトブリム、女性にしては長身でハールとは目線の高さが同じだ。長身痩躯で冷たさを感じさせる声色。しかし黒く麗しい瞳にその瞳をさらに際立てる同じ色、艶をした綺麗な髪。「凛と」という表現を突き詰めたようなその風貌は近寄り難さを感じさせる。


「王族はおろか、貴族の血すら引いていないこの男をお兄さまだなんて」

「これはこれは申し訳ありません、侍女長。あなたの大切なアリア様に失礼な態度を」

 ハールは大袈裟に侍女長に反応する。マーガレットの一族はは代々王家の侍女を担っており、王家に絶大なる忠誠を、そして王家からはそれに見合った信頼を受け続けている。だからこそ、マーガレットだけではない、王家と古くからの縁があるものはハールのようなが王家に近づくことを忌み嫌っていた。それは彼女らが長い時間をかけて築き上げた信頼の裏返りでもある。


「マーガレット、なぜ兄さまには毎度毎度そのような態度をとるのです」

「それはこの男が……」

「それが兄さまの全てではないでしょう!」

「そうだぞ、侍女長」

「兄さまも兄さまでいい加減にしないと怒りますよ?」

 アリアの勘当に両者は口を紡ぐ。それは王家たる威厳の欠片なのか、ともかく侍女長とハールは黙るしかなかった。


「はい、二人とも仲直りをしてください」

 アリアは二人の手首を捕まえると握手をさせた。

 ハールの手に冷たい侍女長の手が重なる。アリアに両者ともすっかり毒気を抜かれ、とはいえお互い特に目を合わせることもなくアリアの笑顔を見つめていた。アリアの勘当に打つ術がないのは王家の威厳、というより彼女自身の天真爛漫さだった。


*

 ハールはアリアと侍女長と別れ——侍女長は個人的にアリアの世話をしている——ある部屋へと足を進める。


(「それが兄さまの全てではないでしょう!」か) 


 目的の部屋の入り口。ハールはアリアの言葉を思い出しながらその血に塗れた右手をただただ見つめていた。

 ドアを開ける。


「久しくお目にかかります。王に王妃様」

 部屋の中には円形のテーブルにそれを囲む4つの椅子。そしてツインベッドに幾つかの棚。奥にいくとベランダに出てアスガルタを一望できるだろう。そして何よりどの家具をとってもこの国随一の、もはや家具を超えて芸術の域に達するものばかりである。


「ハールよ、固いのはよせ」


「そんな間柄でもないでしょうに」


 一人は白髪が目立つも筋骨隆々としており力強さを感じさせる男性。もう一人は豪奢な金髪が気品を醸し出す女性——アリアとそっくりだ——。


「いやぁ、警備も厳しいから大それたサプライズともいかないからさ、これは俺なりのサプライズなんだけどな、父さん、母さん」

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ハール =グレイドーン 大福 @road-daifuku

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