01
「いらっしゃい」
王都アスガルタはアスガルタ城を中心に東西南北に大通りが伸びている。各大通りはそれぞれが繁華街となっており、飲食店はもちろん、衣服を売る店、食糧を売る店、日用品を売る店、武器具を売る店そして稀に魔術の行使に必須な護符とインクを売る店があるなど、多くの、多様な店々が集結している。
色素が抜けた白髪に数滴色を落としたような淡い紫色の髪。見た目は若くまだ二十代のように見える。美しい紫紺の瞳を持っているが、彼はその右目を茶色のレザーアイパッチで覆っていた。そんな黒いローブを纏った「彼」——ハール=グレイドーンは店の集まる大通りにある一つの居酒屋に来ていた。店は薄暗く壁装も暗い茶色でシックな居酒屋だった。ハールはカウンターに腰をおろしている。ハールの前には店主と思われる蒼い目を持ち仄かに暗い赤髪を軽く後ろで結んでいる男が立っていた。店主はガタイの良く高身長で服の上からも少々鍛えているのがわかる。一見モテそうな外見をしているが、着崩したシャツに剃り残しが目立つ髭などと、どこかだらしなさを感じさせる男性であった。
「今日は何飲むんだ?」
店主—アルベルトは店に入ってからまだ一言も口を開いていないハールにそう聞く。その距離感を見るからに「彼」と店主が親しい仲であることが伺える。
「んー今日はお金が入ったから少しいいものでも飲もうかな」
「おっ、景気がいいのか?うちは最近中々人が入ってくれなくて困ってるんだけどなぁ……」
「そりゃぁこんな暗い雰囲気な店、中々新規の客は入ってこねぇだろ」
「その大人な感じがいいんだよ、この分からず屋め」
アルベルトは愚痴を吐きながらカウンターの目の前にある酒瓶がいくつも入っている棚を開き、ワインと思われる瓶を出した。酒瓶には葡萄をモチーフにした王都アスガルタの紋章が描かれている。
「おい、それ結構高いやつじゃないか……?」
「いいもの飲むんだろ?」
そう言ってこちらに酒瓶をチラつかせる。アスガルタは夏にカラッとした暑さのある気候でワイン用葡萄の栽培に適していた。そのため、アスガルタはワインの一大産地となっており、国益に大きな影響も与えていることからその葡萄を称えて王都を表す紋章にも葡萄が描かれている。中でも美味なワインには国を代表するワインということでその紋章をつけることが許されている。
「少しいいものって言ったんだ。す・こ・し」
王都を代表するワインだ、値段が安いわけがない。
「まぁそんなこと言わずにうちの商売に貢献してくれ。これ仕入れ値高いから、飲んでもらわないとその分が補填できないんだよ」
店主は「彼」の反応など待たず、さっさと栓を開けて注いでいった。
「……おい」
「開けちまえばこっちの勝ちだ……どうぞ」
アルベルトは瓶の栓となっているコルクを外し、グラスに注いでハールの前に出す。アルベルトのドヤ顔に対してただただハールは額に汗を浮かべるしかなかった。
*
「にしても、まさかクーデター未遂が起こるとはなぁ」
「ん?あぁ、そういえばそうだったな」
ワイングラスを傾けながら反応する。アルベルトが持ってきたのは白ワインだった。赤ワインの渋みが苦手なハールをよく知っているからこその配慮だ——高いワインを押し付けている時点で配慮があると言えるかは不明だが——。
「なんだ、その興味なさそうな反応は?この街でクーデターなんか起きたら俺たちも被害被られるかもしれなかったんだぞ?」
昨日起こったクーデター未遂は人から人へと伝わっていき、一日たった今、王都はその話で持ちきりだ。
「また魔術推進派か。にしてもクーデターとは大きく出たな……今までは道端で演説するくらいだったのに」
魔術に対する王の方針に異を唱えるものは少なくなく、これまで演説や貴族だけでなく庶民が署名活動をすることなどもあった。彼らはひとまとまりに魔術推進派を呼ばれている。
「隣国が軍を再整備したり、周辺国の動きが怪しいからな。それもあってじゃないか?」
「俺たちみたいな一般市民からしたら魔術なんてもん関係ないような話だけどよ、王様も貴族もいい加減魔術なんてもんで争うのはやめてほしいものだよなぁ」
確かに魔術というのはアルベルトの言うように庶民にはあまり広まってない技術だ。だがそれも王国が率先して魔術というものの研究を進めないからこそであった。庶民で魔術を扱える可能性があるのはルーン教の熱心な信者あたりだけだ。
「あぁ、暗い話はやめだ。ただでさえ暗い雰囲気の店なのが重苦しくなっちまう」
アルベルトは新聞をパンッと閉じ、机に置いた。
「……といっても明るい話なんてないんだなぁ」
アルベルトは剃り残しの顎髭を右手でさすりながら嘆息する。
そんなアルベルトを横目で見ながらハールは白ワインを少しずつ飲んでいくのだった。
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