ハール =グレイドーン

大福

0:プロローグ

 ◯月◯日と度々使われるこの『◯』のように男は存在していた。必ず何処かには存在しているが固有名称にされることはない。そう、そんな風に。そして『◯』は時に何者にでも成れる。『彼』もそれが同様にできた。


「っしかし、こうも魔術なんて怪しい技術があればクーデターの一つでも起こしたくなるものなのかなぁ」

 『彼』は恰幅が良く眉の釣り上がった厳つい顔立ちの中年男性の姿をしていた。そして嘆いたようなかつ呆れたような声とため息を織り交ぜながらそう呟く。彼は今約百人規模の集会にいた。ここアガルタ王国の王都アスガルタにあるひっそりとした建物の中だ。建物は横に15m縦に20mといったところだろうか。石造りの建物は古びれた教会のような落ち着きと情緒を抱いている。

「皆の者、よくぞ集まってくれた。ここに皆を集めたのは言うまでもない、近年動向の怪しい隣国に対して何も策を講じているように見えない王の怠慢に我々の意志を示すためだ」

 建物の奥、簡易的なステージの上には恰幅の良く、武具を纏った中年の男が声を張っている。『彼』は建物入り口の——ステージからはおそらく一番離れた——-柱に背中をもたれていたが『彼』も周りを見渡せばステージ上の男性と同じような格好をしている者も多く、建物に集まっていた多くの人が良い体格をしている。おそらく軍人だ。

「私は、王に何度も進言した。今こそ魔術の研究を進め、軍事用魔術という新たな技術を確立すべきだと。先の戦争で、魔術がいかに戦略的兵器になる可能性があるかは証明されたはずだ。にも関わらず我が国の王は敵国の怪しい動きも全く気にしない様子でこの魔術の研究を推し進めない。これは紛れもない王の怠慢であるッ!」

 ステージ上の男の声に建物にいる人々が「オオッ」と激しく叫んだ。ステージ上のこの男は王に直接進言できる立場であるということは王国軍部の、それもかなりの地位を持った男なのだろう。


「今こそあの愚王に反抗の意を示すときなのだッ」

 続く言葉にまた建物全体が呼応する。見ればこの場に集まっているのは武具を纏ったいかにも軍人という人だけではなかった。ちらほらと見える軍人ではなさそうな人々の多くはローブを羽織っている。そしてその中には護符のようなものを手に持つものもいる。彼らは魔術師であった。

 王国史の幕開けから実施されている太陽の周期を基にして造られたアガルタ暦を数えること406年、アガルタ王国では『魔術』という技術が王国民に知れ渡っていた。護符にルーン文字と呼ばれる記号を写すことで、特殊な力を発動させるという。以前は呪術として見られており、怪しいもののように見られていた。元々は、今でこそその魔術の影響もあって信者が急速に増えてきているルーン教の独自の技術とされていた。

 その力は炎を起こしたり、雷電を走らせる、さらには風を起こすなどその効力は多岐にわたる。ただ、その詳しい原理は未だ不明とされているままであった。それも相まり、魔術はまだ「小道具」のような存在にとどまっていた。一時は、呪殺具として使われてた事例も発見されており、いまだ奇怪でどこか悍しいものという認識が残っている。


「魔術という神秘の力に一生を注いでも、魔術の研究が牛歩であるから、小技程度にしかならないッ さらにこの力の研究に力を注いだだけで世間に白い眼で見られる、こんな風潮が未だに残っているのは紛れもない王家の魔術に対する消極的な姿勢にままならないのだ!

 私はあえて言おう、彼の王は『愚王』であるとッ!!」

 ステージから放たれる演説に建物全体が呼応するように「オオッッ」と返事をした。


「そろそろ仕事をするか……」

 誰にも聞こえない音量で『彼』がそう呟いて、銃を懐から引き抜く。堂々と銃を抜いたが人が集まっているとはいえ、全体の意識はステージに向いていた。ステージから離れた建物入り口付近の彼のその動きに目を向ける者はいない。それに、『彼』にとってその様子を見られることはさほどの問題ではない。強いていえばステージで演説をしている男には見つかる可能性は高いだろうが、それこそ全く問題がなかった。

 『彼』は人知れず銃にかけた人差し指を引き、人を亡き者にしたのだった。



 再三になるが、◯月◯日と度々使われるこの『◯』のように『彼』は存在していた。必ず何処かには存在しているが固有名称にされることはない。そう、そんな風に。そして『◯』は時に何者にでも成れる。『彼』もそれが同様にできた。


 『彼』は恰幅の良い丸刈りの強面とも囁かれていたり、痩せた老人だとも囁かれていた。しかし彼を見たかもしれないと言われている人物の末路は「死」だ。悪徳商人からクーデターを画策していたクーデター軍部の官僚まで、特に、知らない内に亡き者になっていた人達は名前も知られていない彼の仕業とされている。次第には王や王妃をはじめとする王家も警戒の意思を示すようになっていった。ただ、亡き者にされた人々が揃って犯罪などに手を染めていることから彼に感謝するものもいたという。

 さらに彼の者の銃は無音らしい。彼は大観衆の中全く銃声が聞こえることなく人を亡き者にしたことがあったのだ。それは建物の中でもだ。窓ガラス一つ割れた音もせずに人を亡き者にした。彼がよほどの離れた地からの狙撃の名人なのかそれともまた別の技術なのか、それは全く持って不明となっている。

 そして彼の銃の技術も相まって百発百中とまで言われた音無の銃はもはや銃でなかった。銃という規格を超えているのだ。

 そして銃を超えた音無の一発はある北の大地の伝説になぞらえて、一部ではこう呼ばれた。

グングニル」と

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