第三十五節 バレてはイケナイ#13
母さんはベッドの前に立ち、こう言い放った。
「何であたしがこんな所まで世話しに来なくちゃならないの!!」
そりゃそうだ。遠いところからわざわざ僕の為だけに。ここまで来る間に色々言われていただろう。
「その、来てくれてありがとう。迷惑掛けてごめんね、母さん」
頼んでもいないのに来てくれた。それだけで感謝だ。
「もう“母さん”って呼ばないで! あんたとは縁を切ったはずよ」
母だと思わないでと前に言われたはずだ。忘れてた。それと母さんや兄さんの前では自分のことを“俺”と言わないと平手打ちされるというのも思い出した。縁を切った、本当にその通りだ。あの日から家族とは縁を切った。なのにどうして巡り逢うのだろうか。やっぱりニュースになってるのかな……
「じゃあ、何て呼べばいいの?」
「おばさんか碓氷さんでいいから。さっさと帰りたいのよ」
迷ったが、おばさんと呼ぶ事にした。
「あんたのせいで道を歩くだけでコソコソと笑われるんだよ、分かる? 今日だってここに来るまでに陰口叩かれたのよ。VIP室でこんな金払って裕福な生活ができて清々してるの? あんたのほうはそうでしょうねぇ。こっちの苦労も知らずに」
「すべてあんたのせい。あんたのせいであたしの人生まで狂わされた。どうしてくれんの? ほんとマジでいい加減にしろよ」そう言って僕の両頬をつねり、揺さぶられる。
母さんの溜まった愚痴が大放出される。全て僕のせいにされる。
「俺のせいでこんなことになってしまってごめんなさい」
自分の非を認め、深くお辞儀した。
「それにしてもあんた変わったわね。最初誰かと思った。もう2年も経ってるからそりゃあ変わるか」
「おばさんも元気が無いね。
本当に元気が無くて、どうしちゃったんだろうと心配になる。
「あら、そう。あんたの場合、顔とか髪じゃなくて雰囲気がガラリと変わってるわよ。だけど、やっぱり翠には敵わないけどね」
また兄との比較がきた。もう飽きたって。雰囲気が変わったって母親だから分かるのか? 流石だ。此葉でも気づかなそうな……。此葉と出会ってから少しずつ変わってきているのだ。それをこんな短時間で察するなんてすごいとしか言いようがない。
だけど、此葉のことを母さんに一言も喋ってはいけない。いずれ、知られるが。
「これで、もう帰るから」
母さんはそう吐き捨て、服をバッと乱暴に机とベッドに放り投げた。かなりの量だった。また新しく買ったのか、それとも過去の服なのか?
「ありがとう」と淡々と礼をした。
それに対し、母さんは無視した。
こんなに沢山の服を貰っても困る。小さくて着れない服もある。10代の頃の服を何でこんな時に貰わなきゃいけないんだろう。新品のような服もあった。本当に親心も女心も分からない。
服は此葉に持ってきて欲しかった。だけど、貰えるだけ嬉しい。例え、嫌いな人からでも。
「けど、こんなにたくさん……」
ボソッと呟いたはずだったが、母さんはすぐに反応した。
「何か文句あるわけ?」
鋭い目つきで睨まれる。至近距離だから更に怖さが増す。
なかなか言い出せずにいたが、
今思えば余計な一言、言わず、そのまま帰しておけばよかった。
「今、此葉って言わなかった? 聞き間違いかしら。まさか彼女とかじゃないでしょうねぇ。あたしが持ってきちゃ駄目だったかしら?」
やっぱり、聞こえてたか……ここは上手く誤魔化すしかない…………。何か良い嘘はないのだろうか。僕はすぐそうやって嘘に逃げる。悪い癖だ。
ここからどうする? デッドヒートだ。バレるかバレないかの一騎打ち。
「彼女じゃないよ。ただの会社の部下」
嘘に嘘を重ねてしまった。いずれバレる。まだ仕事に就いてないというのに。
棚にある財布に目を付けられた。マズい、このままじゃバレるのは時間の問題だ。どこかに隠さないと。でも、手が届かない。
「仕事なんかしてないでしょ。何言ってんの?」
また見抜かれた。母さんには敵わない。何で僕のことをこんなにも知っているんだろう。一緒に住んでいたからか? 性格も理解していて、手のひらで転がされている。
「虚言癖は変わってないわね」
「ごめんなさい」
「謝ったって意味無いのよ!」と怒りながら、連続ビンタされる。
痛い。痛いって言ったってやめてくれない。そんなの前から分かってる。
「あたしが何度頭を下げてきたか」はぁと溜息を吐かれる。
「それは今、関係ない」
「関係あるわ! 生まれた時からあんたは失敗作の役立たずだったのよ。お兄ちゃんはあんなに優秀で収入もいいのに。それに比べて今の収入0でしょ。少しでも輝いてたモデル時代に期待していたあたしが馬鹿だったわ、それがあんな変態だったなんて。今でも気持ち悪くて反吐が出る」
何も言い返せなかった。悲しくて、苦しくて、つらくて。言葉の暴力が針のように体に突き刺さってくる感じがする。
そしてついに、財布に気づかれてしまった。目の付け所が鋭く良い。
「この財布は何なの?」
すぐに答えを出さなきゃと思い、「それは……」と返答した。
母さんは僕のほうにゆっくりと近づき、顔を覗いた。なるべく無表情でいなきゃ。もう何も隠し通せなかった。このままじゃバレてしまう……。
「昔ファンにに貰った」
「それにしては綺麗に見えるけど? 物持ちが良いのね、あんたにしては」
全部見透かされてる。もう駄目だ。
「本当は彼女いるんでしょ!
「彼女はいない」真顔で言った。信じてもらえるかは分からない。
それでも母さんは彼女説を信じきっていた。
「その此葉というのが彼女なのね?
やめて! と心の中で強く思った。これ以上、僕の幸せを壊してほしくない。此葉の悲しむ顔は見たくない。お願いだから、僕と彼女の絆を引き裂かないでほしい。
母さんはその手にした財布を僕、目がけて高速スピードで投げてきた。
これには怒りしか無かった。こみ上げてきた怒りを爆発させるように、記憶がぶっ飛ぶほど物凄く怒った。
これは此葉と出会う要因になった宝物。いつでも思い出してねという意味で借りてる大事なモノ。それをこのような粗末に使われてはやるせない気持ちになる。むしゃくしゃする。
財布は僕の顔面に命中した。痛っという衝撃の後、怒りを口にした。
「やめろよ。そうやって
そう言ってカッターを振りかざした。
「そんな脅迫されても謝らないわよ」
刺そうとしても逃げるので刺せなかった。
「これは俺の思い出の品なんだよ! 邪魔するな。あと、物投げるの禁止。おばさん嫌い」
仕方なく袖で泣くしかなかった。こんな姿を親に見られるのは嫌だ。
ごめん、此葉。守ってやれなくて。ボロボロになって少し
それから数分の静寂が訪れた。
僕は母さんを睨むことしかできなかった。
「あんたとは顔すら合わせたくないわ」
ふいに母さんが思いを露にした。僕も同感だ。
「俺もおばさんの顔すら見たくない」
視線をお互い反らした。だけど、居ることには変わりない。
「何で入院費まであたしが払わなきゃいけないの?」
入院費払ってくれてたんだ。支払い請求書みたいなのが届くのかな。入院費は此葉に払ってほしい、甘えだけど。
「それはこっちの方で何とかするから、大丈夫。払わなくていいよ」スパッと割り切った。
だけど、母さんは僕の意見を突っぱねた。
「そんなのあんたが払えるわけないでしょ。それでも絶縁しても、あんたの親であることに変わりは無いから。仕方ないの」
「払える! 払えるよ、だって……金持ちだもん…………」
もうこれしか言う言葉が無かった。此葉とは言えなかった。もうお終いだ。
「お金持ってないでしょ!」
そりゃそうだ。だけど……。
「それでもこっちで頑張ってみるよ」と僕は、無理してはにかんだ。
その笑顔を見て、母さんは
「その笑顔がムカつく」と言い、平手打ちを両頬に繰り返し打った。
「淫ら! 最低! 国民の恥! キモい!」
「犯罪者、目の前からいなくなって欲しい」
「犯罪者を産んだ覚えも犯罪者の親になった覚えも無いわ!」
それらの暴言を浴びせられた。
「女の子の痛みや苦しみなんて分かるはずも無いよね」
そういう奴にはこれが丁度良いわと言って、汚れた雑巾を顔に拭いてきた。
臭いし、苦しい。僕にはこういう罰が割に合ってるの?
「死んじゃえばいいのよ!!」と叫びながら首を絞められた。
げほっ、うっ。
「やめて」
「やめない。あんたが死ぬまで」
怖い。
「モデルになったのが間違いだったのよ! 輝いてたあの頃に戻りたいとか思ってるんでしょ、情けない……」
「じゃあ、もう帰る。また一週間後に来るから」と母さんはサッと
一週間後に来る? そんなの嫌だ。誰かに来るよう言われているのだろうか。看護師に呼び出されているのだろうか。
僕は此葉の綺麗じゃなくなったボロボロの財布を手にして、そっと胸に近づけた。
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