第三十四節 母到来#12


 此葉と会えないまま、7月になった。蒸し暑さが毎日続き、息苦しさがいつもの倍になる。病院服が長袖長ズボンなので熱がどうしてもこもってしまう。エアコンの冷房は効果を発揮している。涼しい風が体に当たる。それがあるのとないのとでは大きく違う。布団は夏用に変えてもらっている。だけど、それでも汗をく。冷水を浴びたい。


外を見るとサンサンの太陽がこちらを照らしてくる。暑い。それなのに子供達は元気に公園のような広場で元気よく走り回っている。凄いなぁ、暑くないのかなぁと思ってしまう。僕が子供の頃は外で遊ばせてくれなかった。家庭では孤立していたし、学校で友達を作るのは大変だった。その数少ない友達と校庭で遊ぶことはあった。だけど、暑さにはめっぽう弱かったなあ……。そんな事を思いながら窓の外を見続ける。見続けても何も良いことは訪れないんだけど、季節や温度調節は大事だ。夏服誰か持ってきてくれないかなとふと思った。


季節が変わるのは景色や温度で分かるけどそれ以外の情報は携帯電話でしか分からない。携帯電話を見れば日付が分かる。季節や月が変わったからといって此葉に変わったねといちいち言う事は無い。会えない分、もうこんなにも月日が過ぎてしまったのかと思うことはある。此葉と最後に会ったのは5月のなかばで今は7月だ。春から夏へと変わってしまった。僕のせいでごめんねと深く思っている。そして秋には退院したいなあと願っている。


 例の看護師とはもうあの1件以降、嫌なことはされてない。メイン看護師である事は変わっていない。普通に接してくれている。だが、恐怖心や嫌悪感は拭えてない。まだ慣れていないのだ。というか慣れる必要もないのだ。


何も考えず、朝ご飯を待っていると看護師の様子が違うのに気づいた。


僕はそのままご飯を食べた。


問題はそこじゃない。


体調チェックの時だった。普通に熱を計って体温計を見せ、血圧などを診てもらい、身体の調子を言った後、少し間をおいて、「今月中にお母様来るらしいから、その時は普通に接するのよ」と告げられた。母さんが来る? 嘘だろ。家族とはあの不祥事以降、絶縁したはず。ニュースにでもなっているのか?


来てほしくないというのが本心だった。だけど、服とか持ってきてくれるのかもしれない。入院費も母さんが払ってくれてるのかな。此葉に払ってほしいけど。だけど、此葉は僕の親じゃない。ましてや家族ですらない。同棲してるだけ、家族といえるのだろうか。二十歳はたち過ぎているのにみっともないと思われるかもしれない。此葉に甘えすぎていると薄々気づいた。


母さんが来ると告げられてから心臓の鼓動が止まらなかった。何言われるか分からない。殴られるかもしれない。叩かれ、蹴られるだろう。


世間では同意なしの未成年と知りながらと認知、報道された。僕に発言権を与えてはもらえなかった。示談金目的つライバルの近藤来夢に蹴落とされる為の全て計算済みの策略に引っ掛かり、騙されたのだ。だから、間違った形で認知され、偏見の目で見られ、誰からも避けられる対象なわけだ。此葉のように正しい情報だけを汲み取ってくれる人は少ないだろう。当然ながら、僕の母親もニュースを信じきっている。そして、自分の期待を裏切ったというふうにも思われ、母さんの心はズタズタだ。勝手に期待してただけなのに。僕が不器用だったから引き起こされた現実だ。僕が不器用なだけに。

僕の人生は初めから――いや、途中から終わっているのだ。


此葉とは未だに幸せになっちゃいけないのではと思っている。母さんにも秘密にしておかないと。此葉にはまだ僕以外にも似合う人や良い人がいるのにとつい思ってしまう。本当に僕なんかでいいのか、と。


 此葉が結婚したいと言ったのは入院費を払うのに支障が出たり、面会に行けないからかなと女心が分からない今の僕はそんなひねくれた考えをしていた。


 それから3週間が過ぎたある日の事。


夕方になってのことだった。扉がガララララと素早く開いた。こんな時間に誰だろうと思った。まさか、母さんじゃないよなと思ってたら、そのまさかのまさかだった。


変わり果てた姿に一瞬、戸惑いながら「どうぞ」と言って招き入れた。


変わり果てた姿というのはもう50過ぎのおばさんになってて、頬はやつれてしわが沢山できてて、おばあちゃんに見えた。


一番気になったのが目を大きく見開き、明らかに嫌そうな顔、目が充血していて赤くなっていた点だった。下を見て、元気がなさそうだった。


心配になったが、どう声を掛けたらいいのか分からなかった。変わったのは母さんだけじゃなかった。僕もだった。化粧を落とし、不摂生な生活を送り、モデル時代よりも太った体をしていた。そして髪の毛を茶色に染めている。


母さんも僕を見てびっくりしているだろう。


恐怖にさいなまれながら、僕は身を潜める。一歩一歩と母との距離が近くなる。ハイヒールの音が強くなるにつれて僕の心臓の音が大きくなる。


僕のベッドの前に母さんが立った。


息をする暇もくれず、母さんは言葉を言い放った。

何を言われるんだろうという不安と恐怖と緊張をいだきながら……。









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