第十六節 喧嘩したアト


 僕は呆気あっけなく、追い出されてしまった。これからどうしよう……そんなことを考えながら、ただひたすらに歩いた。


歩いてすぐにコンビニに寄った。また路上生活者になるのかと内心思っていたからだ。コンビニで軽い食事と水は確保した。


 私は颯くんがいなくなって少し落ち着いてくるとテレビを付けた。テレビには私の好きなスイーツ番組やファッション、動物、絶景など、休日のお昼時だから流れていた。でもなんか楽しめない。物足りない。彼との喧嘩から嫌な記憶が思い出される。彼がいなくても大丈夫……最初はそう思っていた。彼の束縛からの解放感。一人で好きなことができるという楽しさ。その気持ちが今は強かった。


それから昼ご飯は自分で作り、彼がいた時は彼が作っていたけど自分1人だから好きな食べ物を作ったり、店で売ってるスープ等を用意して食べた。彼が使用していた食器。仕舞おうか迷っていた。使えなかった。捨てられなかった。まだ気持ちの整理ができていないのである。気持ちの整理ができたら、雑誌を買って戻って謝ってくれたら許し、抱き締めてあげられるに違いない。でも今はそれができない。


午後もずっと暇だった。途中から話し相手がいない部屋に無言の空気が充満した。


朝やってた調べ物の続きをしようと思い、パソコンを開くと何故か設定していないパスワード画面が表示された。颯くん、周到すぎる。流石だ! 用心深い。そっちに気がいってしまった。


今度は山積みに積まれた雑誌の整理整頓をした。1ページ1ページ読むがそれらしい情報は入ってこなかった。写真に撮ってから捨てる雑誌と保存する雑誌を分けた。もう流行りじゃない衣装デザインもある。過去のヒットコーデはメモだけして頭に残す。

気付いたのが切られているページだった。1ページだけだが雲霧靄の写真が無くなっている。もしかして颯くんがもやくん? と一瞬気付きそうになった。でも確信では無く、候補は沢山いた。理由なく辞めた山坂梁やまさかりょうくん。この人は今年の1月辞めた人で、借金があり、今はニートと噂が立ってた。私は噂を信じやすい。他にもそのように辞めたモデルがいた。顔も颯くんと似ている人も何人かいる。


もやくんの応援メッセージも切られていた。(颯くんもこの人知ってて、犯罪者が雑誌載ってるの嫌だったのかな……)と冷静に判断した。


 夜が来た。


僕はやけくそに走った。ネットカフェが駅近くにあるはず……と。悔しさと少しの罪悪感で自然と涙が流れていた。午後を前みたいに1人で過ごしたら、どうでもよくなった。しばらく全速力で走って気付けばネカフェの前にいた。此葉から貰っていたお小遣いを使ってしまった。使える範囲内で使おうと思ってた。


そして今日から僕のネカフェ生活が始まったのだった。


その頃、私は露天風呂に浸かっていた。1人だしいっかと思って。久しぶりだった。露天風呂から見える景色は相変わらず綺麗で、彼と一緒に入りたいとは真逆の感情があった。というか男性と入りたくない。私1人でいい。綺麗な景色は1人で満喫したい。


 寝よう。タイミングが偶然にして同じだった。違う場所で夜が更けていった。横を見ても彼がいない。出会う前と同じなのに同棲してたから新鮮さを感じた。だけど、同棲っぽいことはしてこなかった。恋愛に関して未熟だなとふと思う。確かだが、上手うわてではない。どちらも上手じゃないから何も進展しない。最初に会ったバーの時以来キスをしてない。セックスはタイミングが分からなかった。1度だけしそうになった事があった。でも私が止めたのだ。急に私が脱いだらビックリするだろうし。出来るなら自分から脱ぎたい。無理やりは嫌。露天風呂はまだかなと思い、躊躇していた。だからデートしかしてない。手は繋いだ。私、頑張った。ゲームもした。だが、あれだけ夜を共にしているのに進んでなさに我ながら反省した。颯くんも悪いけど。


 翌朝の事。食事がし終わり、彼のコップや皿を捨てようかと考えた。彼が戻らなければ必要ない。今更、人が使用した物が汚いと思うようになった。洗ったはずなのに…… 


会社に行っても彼のことばかり考えていた。これは恋じゃんと気付いたのは2分後。このデザインも彼が着たらかっこいいだろうなとか草食系で目立たない服装で似合いそうだなーとばかりパソコンと睨めっこしながら思っていた。今月のデザインがいかにもミステリアスな物や落ち着いた服ばかりだった。これは仕方ない。


 家に帰っても1人だった。彼が玄関前で大人しく子犬のように待っている。なんてことはなかった。彼だったらしそうなのに。


 一方で僕は絵を描いていた。彼女との絵だ。記念にデートスポットで写真を撮ってあった。道歩きの持ち物であるスケッチブックと絵画の筆記用具を手に絵を忠実に描いていった。僕は小さい頃から絵が上手かった。風景画などが得意だ。人物画も自信がある。


なのに気に食わない事がある。どうしても上手く描けないのである。実物の方が可愛くてオシャレなのには変わらない。何度も何度も納得がいかず、破り捨てた。


「此葉はもっと可愛い」自然と口ずさんでいた。


(上手く描けたかな……)と思った所でやめた。同時に彼女にプレゼントしたいとも思った。自分的には今までで一番の上出来だった。


 家のドアを開け、手を洗い、すぐに記念写真を見た。捨てようかなと思ったけど捨てられなかった。デートの時は嫌なこともあったけど楽しかったと思い出を巡らせた。颯くんがいたから恋渕先輩を振る事ができた。感謝しかない。元カレの写真も1枚だけ取ってある。だから1枚だけ取っておけばいいやと思ったけどそう簡単にはいかなかった。だって、笑顔なんだもん。ずるいよ、その顔……。


今日も会社から帰ってきてすぐに寝た。でも癖で隣を見てしまう。彼の横顔が見たくて。でもそれは叶わなくて。


 僕はその頃、ゲームをしていた。もう少しで勝てるという所だった。油断したら負けてしまった。勝てたら嬉しかったのか? そう自問自答した。答えは嬉しくないだった。勝ったのに嬉しくも楽しくもなかった。なんでゲームをしてるのに僕は楽しくないんだろう。そんな気持ちが数日続いた。


(久しぶりだったなぁ……女の子と過ごすの。戻ってこないかな、幸せ。あの手を繋いだ時の温もり。忘れない。今でも覚えているよ。正体バレても一緒にいたい。受けいれてほしい)そう思った。


 テントで1人暮らしだったのが彼女と出会い、颯自身が変わったのだ。僕はまだそれに気づいていないが。彼女も変わっただろう。


彼女に会いたい。これって寂しいってことなのか。寂しくて夜も眠れなかった。

最寄りから2駅遠いネカフェにいるなんて事を彼女は知るよしも無く、迎えになんて来てもらえず……一夜が過ぎた。









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