第十七節 仲直り


 朝が来た。私は一人ぼっちか。そう思いながらカーテンを開ける。陽ざしが部屋を照りつける。朝が来ると何故だか憂鬱になる。もういっそのこと夜でいいと思ってしまう。活動したくない……消極的なそんな気分だった。


(颯くんに会いたいよ……)


そう思うようになってきた。少しは気持ちの整理が出来てきたのだろう。今なら許せる気がする。怒りが落ち着いてきた。


(帰ったら探しに行こっかな)


朝ご飯を食べ、出勤する準備をし、家を出た。そして今日の仕事が終わり、帰り際寄ることにした。


 帰り道、こんな事を思い、考えていた。


心にぽっかり穴が空いたようなこの感じ。何だろう……ちょっとやそっとで崩れ落ちる幸せは幸せとは言わない。それに信頼とも言えない。偽りの幸せはほんの少しの束の間で、騙されて後に喪失感が残る。でも颯くんと見た景色は幸せだったはず。そう思っていたのは私だけだったんだろうか。私たちは信頼し合ってた、はず。いや、信頼し合ってた。でも彼側が秘密を抱えていて、1人で苦しんでて。私には教えてくれなくて。彼もって思っててくれたらいいなぁ……そんなことを考えていたら、涙が零れてきた。


 まずはテントがあるか調べた。なのに跡形あとかたも無く、何も置いてなかった。どこ行ったの? これじゃあ、家出だよ。違う、私が追い出したんだ。一方的に責めて、傷つけて、私も傷ついて……もう何も感じなくなった。空が黒色に染まるまで探し続けた。川がある林のような場所だから遠くまで探した。颯くんの落し物がないか地面の大きな石の隙間まで見て歩いてた。だけど、どこにも彼がいるはずもなく、無駄な体力消費にしかならなかった。

あ、そうだ! バーにならいるかもしれない。でもキスした思い出の場所であってそこにいるとは限らない。でも行ってみよう。


いないかなーと思いながら店内を覗いてみたけどいなかった。だけど、これだけじゃ物足りないので何か頼む事にした。


「レモンサワーを1つ」


「はいよー」とバーテンダーは大きな声で注文を承った。


 レモンサワーが手元まできて、一口飲んだ。あの時の味。忘れられない。ここで沢山喋ったっけ。楽しかったなぁ……表情が緩む。また彼とキスしたい。なんて1人で妄想してたら、数分が経過してしまった。


バーを出て、一旦肩掛けカバンの中を探してみる。残される手がかりはGPSか電話かメールだ。急いで携帯電話をいじる。だが、GPSは繋がっていない。残すは電話とメールだ。あれ。連絡先交換したっけ。思いだしてみたが、それっぽい会話は交わしてない。なんで連絡先交換してなかったんだろう……


この時思い知った。私達、恋愛不器用だ。彼は自分のことを知られたくないからそういう話、振ってこなかったのかな。


 仕方なく渋々家に帰ることにした。玄関のドア開けて、ベッドに直行した。蹲って気持ちの整理をした。しばらくして寂しくて泣いていた。ご飯の準備をして、帰ってこないって分かってるのに颯くんの分まで作った。そして1人ご飯。彼の分は片付けなかった。ご飯の臭いが部屋中に充満する。窓開けて空気の循環だけさせておいた。神様にささげるお供え物みたいになった。


1人露天風呂はむなしいので普通に風呂に入った。お風呂あがり、記念に撮ったデートでの写真を見ていた。


「会いたいよ……颯くん」すすり声が漏れる。


もう会えないなんて思いたくなかった。彼のお陰で恋渕先輩を振る事ができた。あんな凶暴な彼氏欲しくなかった。彼がハラスメントから守ってくれた。良い思い出もできて、もう離れない恋人ができたと思ったのに……

結婚はまだ考えてないけど顔もいいし、性格も穏和だし。ミステリアスな所がまたいい。将来、結婚してもいいかなと心のどこかで思ってた。でもちょっとしたすれ違いで喧嘩になって離れていくなんて。私にもダメな所があるのかな……恋愛になると失敗だらけ。この性格直したい。上手く生きていけてる方だと思ってたのに。


「ごめんね、あんなこと言って。だから帰ってきて、お願い。私はいつまでも待ってるよ」そう言って用意しているご飯とベッドを見ていた。


ネグリジェに着替え、「もう会えないんだ。颯くんはどうだか分からないけど、私は一緒に過ごせて楽しかったよ」と呟き、1人きりの夜に沈んでいった。



 2日後。僕はもう此葉のことは忘れようと諦めた。だって迎えに来ないから。僕って草食系で受け身だよね。そんなの自分で分かってる。だけど、僕の人生はから。やり直したって取り返しがつかない。もうどうなってもいいってあの時思った。だから此葉との時間も夢だったってことで。ネカフェの代金もあと少しで底をつくし。「テントに戻りますか、懐かしのあの場所」。そう言って、戻る準備をした。


私はショッピングモールのビルへ買い物に行く為、駅に向かった。お洒落な服を着て。


僕は重いリュックサックとトランクケースを持って、テントに向かった。ロッカーに仕舞いこんでいたのだ。トランクケースは此葉の家にも持っていってた。テントに向かう道中、此葉らしき人がこっちに向かってくるのが分かった。すかさず、フードで顔を隠す。すれ違った。


「あ!」


僕は急ぎ足で逃げた。


「待って!!」


肩をぎゅっと掴まれた。


「颯くんでしょ、会いたかったの」


「知らない人です。見間違いでは?」僕はすかさず誤魔化して、平然とした態度を示した。


だけど、此葉には見破られてしまった。


「それは嘘だよね。だって雨の日に傘を差さないのは颯くんだけだもん」見事な推理だった。


他にも傘を差してない人はいたが、大半の人は傘を差していた。それに声でもバレた。優しい、大人しそうな声だったから。


「そうだよ。正解。でも何の用? あの時は大切な雑誌捨てちゃったり、怒らせたりしてごめんね」


「いいよ。もう何しても許す。だから帰ってきて」そう強く私は懇願した。


だが僕は「それは無理。僕はテント戻るから」と吐き捨てた。


「え? 何で? 私はこれから買い物に行くから、もし良かったら一緒についていく?」とまたあの時のように傘を彼の頭の上に差し出した。相合い傘できるかなと心の奥底で期待していた。


なのに、返事は予想外のものだった。


「もう此葉のこと、好きじゃなくなったから」


(え、そうなの? そんな短期間で……でも言い過ぎちゃったもんね。仕方ないか)


「そっか。言い過ぎちゃったもんね、それに颯くんは色々抱えてるもんね。さよなら、ありがと」と言って笑ってみせた。


 そして、2人は行路を別れた。カップル崩壊でもある。


 今日の夜。深夜にインターホンが鳴った。こんな夜遅くに誰だろうと思った。恐る恐る画面越しに確認してみるとフードを被った怪しい男性だった。そして、何か雑誌のようなものを持っている。


これは見過ごせないと思ったのか包丁を持って玄関のドアを開けた。


そしたら「きゃっ、あ」と聞こえるのも一瞬、見覚えのある顔だったので包丁を引き戻した。


「颯、くん?」


「これで許して」今にも泣きそうな顔をして体を震わせながら消え入りそうな声で謝られた。


「それ、捨てられた雑誌……まさか買って弁償してくれたの?」私は嬉しかった。事情があるのにも関わらず、雑誌を新しく買ってきてくれたなんて……予想もしてなかった。


「一度好きになった人を好きじゃなくなるなんて簡単な事じゃないよ。まだ間に合うかなって。だからもう1度一緒に暮らそう」


「ダメ、かな……」


「いいに決まってるじゃん! 私こそ待ってたよ。だから入って」と私は招いた。


「だけど、今日はテントで。荷物や着替えの服もあっちにあるから。明日、また来るね」にっこり笑っていた。


「うん、待ってるね」と手を振った。


彼も手を振り返してくれた。


そして次の日の朝。いつものトランクケースを持って家の前に立っていた。

また2人での暮らしが再開する音がした。






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