第十四節 初めての喧嘩#1
バッと布団を押し
「颯くん、なんで私の会社の電話番号、知ってるの?」
「え……」
「教えて無かったよね」
彼は戸惑っていた。何か隠そうと頭をぐしゃぐしゃした。そして、頬を掻いた。
「それは……内緒」
スマホの電話番号の履歴で分かったと言っても第一ロックされてるし、勝手に見たと怒られるだけなのではぐらかした。駆け足でトイレへと逃げ込んだ。私は追わなかった。だけど、不信感や不快感だけが心に残って、どうしようもなかった。
朝ご飯を作った。何も考えずにすらすら作った。そして朝ご飯を食べた。
無言の間がひたすら続いた。颯くんは私の手をずっと見てる。何を考えているのか分からない顔で。目玉焼きもサラダもパンもいつもより美味しくなく感じる。全部、颯くんのせいだ。
唐突に颯くんが口を開いた。
「ねぇ、さ、職場の上司から助けてあげたんだからいいじゃん。その為に必要だったんだよ。何も考えないで。気にすることはないよ」
「そういう問題じゃない」私は真面目な顔をして言い放った。
食器を洗いながら考えた。何故、私の会社の電話番号を知っているのかと。
スマホを渡した覚えもない。雑誌にも本にも電話番号は書いてないはず。ましてや、会社名を教えた事もない。デザイン会社に勤めてるとは言ったけど。となると……名刺だ。沢山あるから棚に仕舞ってあるはず。私はよりにもよって部長だった。優秀だと社長に褒められたこともある。
名刺が入ってる棚の引き出しを開けてみた。そしたら名刺の位置が変わっており、前より乱雑になっていた。これは彼の仕業としか考えられない。
「勝手にお留守番中、
「ごめんなさい。僕がやりました」
正直に言ったけど彼女の目が怖い。彼女はゆっくりと近づいてきた。
「どうしてこんなことするの!! 直すの大変なんだから! 早く直して!」と私は激怒した。
怒られた。布巾で拭いたフライパンを持ちながら。フライパンで叩かれるのかと思ってひやひやした。
「他にも荒らしてないでしょうねー」
目がつりあがっている。僕は頷いた。
それから午前は暇だった。此葉とお話がしたかったけどすごくダークなムードを感じる。話しかけてはいけないと思った。
僕は散歩に出かけた。桜は散ってしまってもう新緑の季節だった。だけど名残惜しくて、君とデートした日が忘れられなくて会いたくなってしまった。だけど川が流れる柵越しにただじっと川を見ていた。ベンチに腰かけ、
その頃、私は本を読んでいた。颯くんに会いたいとは思えなかった。このまま1人生活を満喫してもいいんじゃないかと思えるくらいだった。
彼が出かけて1時間くらい経った頃。インターホンが鳴った。颯くんかと思ったけど宅急便だった。通販で頼んだ商品が届いた。それに続くように颯くんが帰ってきた。
「ただいま」
返事はしなかった。帰ってきてほしくないからだ。
昼ご飯は彼はおにぎりを外で買って食べたというので、私1人で食べた。外で食べるなら言ってくれればいいのにと思った。帰ってきてほしくなかったけど一応作っておいたのだ。
テレビをつけた。お笑い番組の下らない裸芸がやっていたので速攻で違うチャンネルに変えた。私の好きなファッションやスイーツ番組がやってない。食べてる番組ならお昼時だからやっていたのでそれにした。だけど、スイーツじゃないと私の興味をそそらない。
颯くんは窓の方を見ていた。露天風呂じゃないもう1つの場所には下を見下ろせるベランダがある。60階以上だから高いだろう。なのに怖がる様子を見せない。高い所、平気なのか。私とは違う。
しばらくして彼がベランダから出てきた。こっちに来てと手を仰いでいる。私は高所恐怖症なのだ。
「私、高いとこ無理だから」
「僕と一緒ならへーきだよ」と颯くんは、はにかんで見せた。
「じゃあ」と言って颯くんの隣に並んだ。
ここから一望できる景色はとっても綺麗だった。今までは1人だったからここに来るのを躊躇っていた。唯一、1度だけ不動産探しでマンション見学の時に見たくらいだ。夜だったらもっと綺麗だろう。彼と一緒に見てみたい。そう思っていた。昼間の景色も高層ビルが立ち並んでいて、遠くの山も見渡せるほどだった。雲が流れていくのが分かる。時が進んでいるんだなぁと感じた。そろそろ行こっかと彼が言うので部屋に戻った。思えば、誰かと一緒なら怖くない。そう感じたのでまた来たいと心に強く刻み込んだ。
部屋に戻ったら、颯くんが「ゲームしよ」と誘ってくれた。僕はゲームをする事で気を晴らしてほしいと思っていた。
最初にやったゲームはレースゲームで速さを競うゲームだ。専用の機器を左右に動かすことで、曲がる。真っ直ぐ進む時はスピードを出す時のボタンで加速するが、加速し過ぎるとレーンにぶつかってしまうので注意が必要だった。速度をあげる時はブレーキのボタンが鍵になってくる。
遊び方を僕が教えたが、なかなか覚えてくれなかった。此葉はカードゲームやかるたしかやった事がなくて、兄弟と遊んだ事が少しあるくらいだった。だけど、男兄弟しかいなかったから疎外感を感じていたらしい。
「じゃあ、始めるよ」
「うん」
「よーい、スタート!」
始めは順調だったが、此葉が途中でレーンにぶつかり、
「大丈夫?」と声をかける。
ここはこうして、これがこうでと一から一まで丁寧に教えていた。
当然ながらハンデを課せていた。だから此葉が止まった所で止まったままだった。だって本気出すとすぐに勝ってしまうから。ようやく、此葉が体勢を取り戻した。
結局、レースゲームは僕の圧勝だった。5回やったが、5回とも僕が勝った。
次にやったのが走りながらコインを集めていくゲームだった。これが意外と此葉が強くてびっくりした。
操作方法や遊び方を僕が教えたんだけれど、すぐに覚えてしまい、楽しいと口にしていた。
一緒にやったけど、僕のスピードにもついてこれていて始めたばかりなのに上級者だなと思った。
一度もゲームオーバーにならなかったのは協力プレイが上手くいったおかげだろう。コインのゲット数も此葉の方が多かった。何度も何度もやった。楽しかったからだ。このゲームが今日やったゲームの中で一番此葉が楽しそうにしていた。笑顔が
最後にやったゲームはアジトに潜入して、ゾンビを倒して宝がある目的地まで行けば
これにはさすがの此葉も怖いと言っていた。まあそうなるだろうなという予測は立てていた。
「なんでこんな怖いゲーム持ってるの?」と此葉は弱々しそうに今にも泣きそうな小さな声で言った。
「あはは。面白いし、怖いのがまたいいんだよ」
ゆっくりと奥へと進んでいった。ゾンビが増えてきた。銃を持ってゾンビを倒すのだが、此葉は使い慣れていないらしい。あろうことか僕に銃を向けてきた。
「違う、違うよ。こっちじゃない」
銃の方向を直したが、ゾンビの攻撃を受けてしまった。襲いかかってきた。
ライフが1減っただけなのだが、「ひゃっ!」と思わず彼女は声を上げた。
「大丈夫だよ」と励まし、安心させようとする。
「画面からこっちに来そう……怖いよぉ」そう言って僕のシャツの袖を掴む。
「画面から出てくることはないから」
なんとかライフギリギリで目的地まで辿り着く事が出来た。僕が彼女を守るかたちで何体もゾンビを倒しまくった。僕がリードしたと言っても過言ではない。少しは男っぽいとこ見せられただろうか。
「やったよ~良かったね。勝ったよ、僕たち」
「怖かったぁー心臓止まるかと思った。守ってくれてありがとう、颯くん」
最後の一言で思わず照れた。頼りにされてるというのはこんなにも嬉しいことだと改めて思った。こんなの言われたら照れるだろ……しかも笑みを浮かべながら。太陽のように眩しかった。この笑顔を忘れないでほしい。
そしてゲームを終えた後にお風呂に入った。2人で入れる日はくるのだろうか。ノリ気なのは僕だけだった。此葉は男性不信であり、恋愛に慣れていなかった。だけど恋愛に興味はあり、彼氏が欲しいと思っていた。
夜ご飯を食べ終え、寝床へとついた。私は本を読んでいた。雑誌もちょっとだけ読んでいた。先週の今日はデート日前日だった。
(なんか気になるんだよねーモヤモヤする)と此葉は心の奥底で1人悩んでいた。颯くんに謎が多いのは最初から分かってはいたけど、隠し事をされているみたいで存在自体に不信感を覚える。その秘密を知りたいけど知ったら今の関係でいられなくなる気がして、怖かった。嫌いになったわけじゃない。だけど出会った当初より好きじゃなくなって、心のモヤモヤが現れはじめた。誰かに愚痴を聞いてほしい。でも、誰も職場に聞いてくれる人はいない。私って一人ぼっち? って思い始めた。
そんなことは
此葉はゲームで気晴らしできたかな。今の心の調子は良さそうだ。これで安心して眠れる。
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