第十三節 彼女の悩み
何故か気付くと彼女はフェンスに身を乗り出していた。振り返り、僕の目を見つめながら。手を振るような仕草も見せた。
「さよなら」
彼女は
それを止めるようにして僕は「待って!」と言い、彼女の手を取った。
「なにがあったの?」と聞いても、
「私が死んでも悲しまないでしょ」としか言わなかった。
「そんなの嫌だよ! 悲しむし、
そしたら大粒の涙が彼女の目から大量に地面へと零れ落ちた。とその時、手が離れてしまった。僕は焦った。だってここはマンションの64階。落ちたら確実に死ぬ。
怖々と下を見ると彼女は居なかった。あれ?
はっと気付くと夜の2時だった。起きたら隣に彼女がいる。よかった。ほっと胸を撫で下ろした。これは夢だ。
それから眠れなくなった。ずっと彼女が自殺する夢を見るんじゃないかと考えていた。そして寝れない夜が過ぎ、朝が来た。朝日が窓を突き抜け、僕と彼女のベッドを照らす。僕は朝起きて最初に此葉を抱き締めた。彼女は驚いたような表情を見せたが強く、強く抱き締めた。
今日は有給を取った。会社に行っても面白くないし。颯くんは勉強をしてると前に言っていた。学生さんかなと思っていた。そしたら彼は何もしてなかった。信じられなかった。
「なんで勉強してないの?」
僕はその質問には答えなかった。しばらくしたら此葉にビンタされた。それでもなお、答えなかった。
「この嘘つき!」
「ごめんね」
「ごめんね、じゃないよ! 薄々、そうなのかなと思ってたけどそう思いたくなかった……」
ニートだとあっさりバレて、求人募集の冊子が机の上に置かれた。でも、中身を見ようとはしなかった。だって、僕の名前と履歴書を見て、採用したいという会社は無いと思うから。無駄な努力はしたくない。
「颯くんって秘密主義者だよね」
「そうかな」
「そうだよ。何か隠したい過去でもあるの?」
不意を突かれたので焦り顔をし、慌てふためいた。
だがそれも刹那、「別に」とさらっと返答した。本当はあるけど。
「大学は?」
「中退した」
大学を中退する理由は色々ある。勉強が苦になった、金銭不足、事件を起こした等様々だ。僕は強制退学することになった。波乱万丈な人生だ。もっと勉強したかった。Topモデルとして輝いていたかった。大学に通い続けていればもっと有名になれたのかもしれない。でも、運命がそうさせなかった。
「そうなんだ」
「それより、恋渕先輩の件、解決しようね」
「恋渕先輩は自分を嫌う人を不利な立場にしようという考えの人なんだよね」
「うん」
「多分、皆に脅迫めいたことを言って、従わせてるんだと思うよ」
「えっ!」彼の推理に驚きが隠せなかった。
「まあ、落ち着いて」
「これはあくまで仮定だから」
「絶対、此葉を救ってみせるから」
笑顔で目を見て、ゲーム部屋へと颯くんは向かった。
昼ご飯も夜ご飯も彼が作ってくれた。ゲーム部屋にはカセットやビデオゲームの本体など沢山あった。テレビまである。それもこれも颯くんが用意したのだ。お金持ってないというのは嘘だったのか。
ひたすら、僕は午後はずっとゲームをしていた。
夜ご飯を食べている最中、私は颯くんに悩みを吐露した。
「同僚に無視されるの」
「水、かけられた」
「恋渕先輩の目が怖い」
「それはつらいよね」と僕は同情した。
此葉が会社で酷い目に遭っているのを見過ごせなかった。僕だってつらい思いをするし、正直我慢できない。だから、電話した。会社の相談窓口に。そして、ある人に頼んだ。
(どこに電話してるんだろう……)
かなりの長電話だった。
今晩はベッドで抱きついてから寝た。
「死なないでね」
「なんで? 死なないよ。絶対死なないから大丈夫」そう言って笑ってみせた。
今日の朝ご飯も僕が作った。あれからというもの、颯くんが作ってくれている。ありがたい。空いた時間にも仕事をする。
今日も仕事へ行く。気が重い。颯くんは何とかすると言っていた。
何故か今日はハラスメントのアンケートが全員に配られた。そして上司に提出した。さらに、恋渕先輩の暴言や部下への厳しい命令や押し付けの証拠が見つかり、来月に懲戒免職が言い渡された。
これは颯くんの
帰ってきてすぐに颯くんに抱きついた。
「何かしたでしょ? 本当にありがとう。大好き」
「僕は何にもしてないよ」と颯くんは平気な顔をした。
今日も料理を作ってくれる。バリエーションが豊かになった。
今宵のマカロニグラタンは熱くて美味しかった。何でそんなに料理の上達スピードも早いんだろうと疑問に思う。
食器洗いも颯くんがしてくれた。本当に颯くんは謎な存在だった。いつか仕事も紹介しなきゃと思った。颯くんも私と同じ会社に入ったら、どうなるのかな。悩みは一瞬のようにして消えた。来月が待ち遠しい。彩芹や絵梨花は前と変わらず、接してくれるのだろうか。
颯くんの体にそっと触れた。生温かかった。
なんで会社の電話番号、知ってるんだろう。あ、もしかして――
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