第十二節 料理は今日から僕が作る!
(私がこの家を出る? こんなに頑張って働いて貯めたお給料で買った家なのに!? 空耳じゃないわよね……)
「おはよう、此葉」
「おはよう。って前よりひどい格好なんですけど!!」
颯くんは全裸だった。私が止めなければそれ以上の事もやったのだろうか。
「だって……君が僕を好きにさせるからいけないんだよ。嬉しすぎて昨日、泣いちゃった」
(寝たから忘れてくれたか)と僕は
泣かせるくらいのことって昨日したっけと頭を巡らせてみた。だけど心当たりが無かった。嬉しすぎて泣く? 何の事だろう……でも颯くんが私のことをより好きになってくれたのは嬉しい。
私はそうしてキッチンへと足を運んだ。今日の朝は肉じゃがと焼き魚とご飯でいいやと思っていた。普通に今から調理する。すると、何やら興味深そうに彼が来た。
「此葉っていつも料理自分で作ってるよね? 忙しいのに大変そう」
「あら。心配してくれてるの」
「分かった! 今日から料理、手伝うよ。今日の晩ご飯から僕が作るね。それでいい?」
「料理作れるの?」
その言葉に一瞬、固まってしまった。勿論の事だが、僕は料理が作れない。それなのに自分で料理を作るって言ってしまった自分が恥ずかしい。
「作れない」
ありのままを
だったらなんで料理手伝うなんて言ったのと聞かれそうだったが、彼女は素直に頷いてくれた。気持ちだけでも嬉しいというものなのか?
此葉は忙しいのに僕の分まで作ってくれる。今朝もそうだ。肉じゃがも焼き魚も美味しい。「ごちそうさま」と言って食べ終わる。
そして彼女は「行ってきます」と言って出て行ってしまう。そして今日も僕は一人だ。寂しいなんて感情はどこかへ置き忘れた。
今日は外食せずに家で食べた。自炊だ。オムライスを作ろうとして卵をふわとろにできず、失敗してライスはパラパラになってしまった。こんな物、食べれた物じゃない。そう思うが、責任持って食べなきゃ此葉に怒られる。初めての料理はこうして失敗に終わるのだった。初めから上手くできる人なんてそうそういない。彼女だって最初から出来たわけじゃないだろう。
彼女が帰ってきた。今日は味噌汁を作るらしい。手伝うとしよう。最初は野菜やこんにゃく、豆腐を切る。
「こう切るんじゃなくて、こうだよ」言われた通りにした。
「分かった」
「あと右手は丸くして、指切らないようにして」
「分かった」
僕は左利きだ。小さい頃からそうで、矯正されたけど結局治らなかった。
此葉は右利きだ。
「あ」血が出た。
「止血しないと」
「こんなの、平気だよ」と言ったが、間髪入れずそのまま此葉が水を流し、手の血を流された。かなり深く切れている。それなのに僕は大したこと無いと思っている。おかしい。
次にお湯を沸騰させ、煮る。お味噌汁の具を混ぜている。丁度いい感じの所で彼女が止めて、味噌を入れ始めた。僕はそのまま言われた通りに混ぜていった。
そして完成だ。美味しく出来たっぽい。あとは此葉が煮物を作って、ご飯を炊こうとしたのだが、「ちょっと来て」と言われたので、向かった。
「昼、何か作らなかった?」
バレた。バレるのが速い。どうやらふちに付いていたらしい。
「オムライス作ってみたけど失敗しちゃった」
「そうだったんだ。よく頑張ったね、えらいえらい」なんか褒められた。怒られるのかと思った。
それから2人で出来上がった料理を食べた。味噌汁は此葉の指導の
お風呂の時間だ。「一緒に入らない?」と誘ったが「嫌だ」と言われてしまった。嫌だと言われてしまったのだ。
まあ、いい。露天風呂に入ってみたくて、許可を貰って初めての露天風呂に入った。夜景は言葉を失うほど、綺麗だった。君ともいつか見たいなと。初めての露天風呂は此葉とがよかった。いつか一緒に入りたい。
湯船にお湯が
パジャマに着替え、今日は着崩ししないようにボタンを留めた。
そしていつものように眠りに就く。
明日も此葉の出勤日だ。君のために料理が作れるようになりたい。
翌朝。
「今日はちゃんと着てるんだね」
「まあね」軽返事をする。だってどんなに誘っても振り向いてくれないから。
午前と午後は此葉から貰った料理本を読む日々だ。それが毎日続くようになった。料理をしていくうちに腕が上がってきた。上達は早かった。
昼ご飯はローストビーフとサーモンのカルパッチョとコーンポタージュを作った。失敗せずに作れた。日を重ねるごとに料理が格段と上手くなっていった。
次の日も次の日も彼女は悲しそうな目をして、会社から帰ってきた。何か理由があるのだと思ったが、なかなか聞き出すことができなかった。泣いて帰ってくる日もあった。
「大丈夫?」と僕が聞くといつも「大丈夫」と返してくる。こういう場合の大丈夫は大丈夫じゃない。
今夜は成功したとっておきのオムライスを作ってケチャップで“大好きだよ”、“元気出して”というメッセージを書いて此葉の席に皿を置いた。そしたら此葉はボロボロと泣き出した。
涙声で「ありがとう」と。そう言い、食器をカウンターに置いた。泣いている彼女をぎゅっと抱き締めた。それが男の役目だと思った。
そしたら、此葉は話してくれた。恋渕先輩に嫌われるように仕向けられてること、嫌がらせの例とか……。
「僕が何とかするよ」
そう言ったら此葉の笑顔が戻ってきた。手を繋ぎ、ゆらゆらと揺らした。
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