第十一節 颯くんの秘密#1/事は密かに進んでいく


 一方で僕は部屋を物色していた。僕にちなむ情報を削除する為だ。部屋を荒らすかのように探っていた。雑誌見て、ここには無い、ここには無いと。次から次へと調べていった。


「あ!」僕はページに写っている1人の人物に注目した。間違いない。


あの超有名Topモデル・雲霧くもぎりもやだった。

「こんな奴、消えてしまえばいいのに」

そう呟き、ハサミで顔と体を切り取っていった。


丁寧に写真の周りだけを切り取っていく。粉々にそうシュレッダーのようにバラバラになった紙くずを僕は見つめていた。


さすがにこのページだけじゃ気づかれないよね……


そういえば此葉、デザイン会社に所属してるんだっけ? デザイン専門だからこういう服のサンプルやアイデアが必要なのか、、

そう僕は思った。


どこのデザイン会社に勤めているのだろうと思い、引き出しから1枚の名刺を取った。「flower makes」間違いない。僕が活動していた時の衣装の担当だった会社だ。雑誌にも協力という欄にその会社名が記されてあった。これは大変な危機だ。いち早く僕の情報を消さなきゃ。


 紙くずをごみ箱に捨てに行った。そして戻ってきて雑誌を見たら横には雲霧靄のかつてのライバル・近藤こんどう来夢らいむの姿があった。懐かしいな…… よーく見ると雲霧靄の写真があった所の横にメッセージが添えられていた。


“いつも笑顔でクールビューティーなもやくんが大好きでした! 服も高身長でオシャレに着こなしててカッコよかったです。世間からの批判に負けないで下さい。今でも応援しています。また芸能界やモデル界に戻ってこれる日を楽しみに待ってます”


ピンクのサインペンで書かれていて、所々にハートマークが書かれていた。それを見た僕の目には涙が……。ポタリ、ポタリと零れ落ちる涙。それを止める事はできない。


(なんだよ、これ。今でものファンがいたのかよ。ちくしょう。こんな惨めな奴を今でも応援してるなんて……ありがとう)


 此葉は僕―雲霧靄―の唯一のファンだ。だから無下にしてはいけない。今日は帰ったら抱きしめてやろう。キスもしよう。夜は裸で2人で……風呂も今日は一緒に入りたい。今でも僕のことをそんなふうに思ってくれる人、此葉以外にいるのかな……いてくれたら嬉しいな。


嬉しくて涙が止まらない。これは嘘涙じゃない。水族館の時はやや演技だった。僕は子供のようにワンワン声を出して泣き続けた。なんで切り裂いたんだろう。捨てちゃったんだろう。後になって後悔した。だけどバレてはいけない。それがたとえ僕のファンであったとしても。


「グスン」涙声が漏れる。昼間になって太陽が消えてしまった。


こんな運命、もう一度やり直したい。そう切に願った。変えられない未来だったとしても、それが今の僕より幸せであるのなら。


此葉は僕が芸能界に戻ったら本当に喜んでくれるのかな……だけど僕はもうあの世界には行きたくない。今みたいに陰で隠居生活送ってるほうがマシだ。


嬉しすぎて涙が止まらずに流れ続けた。何時間経っただろうか。涙は渇いていて僕は過呼吸になっていた。苦しくてしょうがなかった。嬉しみ故の苦しみ。


「けほけほ、ごほっ」咳をしながら雑誌を元に戻す。喉に手を当てて。


僕は呼吸器不全症候群を患っていた。そのせいでストレスとかちょっとした事で過呼吸になる。彼女には迷惑かけないようにしなきゃ。


 テレビにも僕が出演してたやつ、あるのかな。そう思ってテレビの録画欄を見る。大体の番組名は覚えている。どれどれ。


「あ、あった」複数あったので見つけた範囲内で消去していった。


今でも僕のことを見てくれてるなんて嬉しいな。幸せ者だった。もう今、死んでもいい。

懐かしながらも番組を見ては消していった。僕が出ていた番組は全てお気に入りに入っていた。嬉しかった。だけど消さなきゃいけない。これは哀しい使命だった。僕の声、今とだいぶ変わってるな。子役モデルの頃のだから声変わりしてなかった頃か。懐かしすぎる。


そうこうしているうちに昼があっという間に過ぎていた。昼ご飯は食べていない。いいや。


午後は暇だった。ずっと露天風呂から見える景色ばかりを見ていた。ゲーム機でも買おうかと考えていた。此葉から盗んだ置いてある本を読んでいたら、夕方になった。僕は悲しいことに料理が作れない。だから君を待っていた。ずっと、まだ帰ってこないかなーって。待ち続けていたら此葉がようやく帰ってきた。夜だった。珍しい。


「おかえり」


「ただいま」


いつもの光景になっていた。だけどいつもと違うことがある。此葉は悲しそうな目をしていた。暗く、うつむいている。


ご飯をいつものように作ってくれた。美味しかった。


「お皿は自分で洗うよ、お疲れ様」と言うと此葉はありがとうとぼそっと言った。



夜、ベッドでの事。


僕はパジャマを脱いだ。そして、君が寝ているベッドへ。

床ドンをした。君をもう、離さない。僕だけの物にしたい。


「いい?」


(何が……)と思っていると、いきなり首すじと耳をゆっくりとめられた。颯くんからの“それ”は気持ちよかった。全てが解放されるような感じがした。


さらには颯くんが私のパジャマを脱がそうとしたので、「それはやめて」と制止した。


「今日は積極的だね」と私が言った。その通りだ。颯くんはいつも待ってばかりでアプローチの1つもしてこない。颯くんがここまでしてくるなんて珍しい。


「何かあったの?」


「今日はね、嬉しい事があった」


「そうなんだ。私は悲しい出来事があって憂鬱な日だった」


「相対的だね」


本当にそうだ。此葉は会社で恋渕先輩に嫌われるように仕向けられ、実際いじめにも似た被害にあった。颯は雑誌を見つけて、最初は過去の自分を見つけたから嫌だったけど此葉からの応援メッセージを見つけて此葉のことがもっと好きになった。


今日は最悪でもあり、最高な1日だった。


「会社で何かあったら僕に必ず言うんだよ。僕が解決してあげるから」そう言って得意げな笑みを浮かべた。


「分かった」

彼の目を強く見た。


彼との顔の距離は近い。


「どこかで……颯くんの顔、見た事ある気がするんだよね……どこだっけ?  颯くんって誰?」


「え?」


今にも秘密がバレそうな気がして寒気がした。知られてはいけない。僕が雲霧靄だって事を。隠さないと君に嫌われてしまう。殺されてしまう。驚かせてもいけない。社会からの敵意を向けられた僕は新たな人生を歩みたかった。隠し通さないと。


「僕は僕だよ。颯だよ」


「名字は?」


「僕の名字を知ったら、君はこの家から出ていってもらう」


(え?? は???)


そうして2人はゆっくりと眠りに就いた。





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