第十節 恋渕先輩の裏の顔/事は密かに進んでいく
今日は出勤日だ。私はいつも通り、オフィスへと向かった。いつもの光景が広がっている。彩芹はしつこく聞いてこなくなった。というか話しかけてくれなくなった。
だからこういう時は自分から話し掛けにいく。今は仕事で聞きたいことがあるから尚更だ。
「このデザインってこの色で合ってますか? あと沢山資料頂いてるんですけど、全部靴のデザインですよね」
「そんなの自分で確認したり他の人に聞けば? あたしに聞く必要ないでしょ。もう友達じゃないんだから」
“友達じゃない”いつの間にそんな話になっているのだろう。私には分からなかった。恋渕先輩を振ったことがもう漏れ出しているのだろうか。そんな簡単に縁というものは切れてしまうのか。こんな短期間で……。彩芹の当たりが前より強く、
「もういいです。自分で確認します」
何もかもがどうでもよくなってしまった。今から上司に電話で確認する。電話で確認するのは実に面倒くさい。何なら同僚に聞いた方が楽だ。
上司に確認したところ、色が間違ってたようだ。靴のデザインは合っている。
部署内の目が変わっている気がする。みな、私の事を
急いで午前の仕事を終わらせた。だから暇だ。やることがないからパソコンのトランプゲーム・ソリティアをやった。全勝だ。面白くない。はぁと息をして、オフィスチェアに両腕をもたれかける。早昼にしようかと思ったが職務時間だ。何か手伝わないと。
「これ手伝いましょうか?」と手伝いの提案を申し出るが、いつもなら「やってくれるの? ありがとう」と受け入れてくれるのだが、今日は誰も無視して見向きもしてくれなかった。
今は11:35分。12時で職務終了だ。それまで暇な時間を過ごさなきゃいけないのか。他の部署にも行ってみよう。
他の部署にも行ったがそこでも私を見る視線が怖かった。睨んでいる。そんなに悪いことしたっけ? 絵梨花にも話しかけてみる。
そしたら「恋渕先輩、やっとの思いで振った挙句、別に好きな人がいるだって。だったらとっとと振れたじゃない。どういう思考回路してるのよ。もしかしてその弟さんが好きな人だったりしないわよねぇ。顔もイケメンらしいじゃない。それに此葉、弟いたっけ?」と言われた。
「違うよ。なんでそんなに噂が広まってるの? どうしてそうなるの? 弟の事はもういいから」
「あっそ。でももう、此葉は会社内全員から嫌われてるよ。もう遅い」
チクチクする言葉だった。何か刃物に刺された感じがした。息が苦しくなった。そして自分の部署の階に戻った。自動販売機でピーチジュースを買った。冷たかった。そしたらいきなり知らない社員に水をかけられた。
うわっ、びっくりした。何? なんで?
突然の事だったから驚いた。服を着替えないとと思い、更衣室に向かった。だが、予備のレディース服が消えていた。
もうどうでもよくなった。
部署に戻って1人昼ご飯を食べる。幸いにして弁当箱は消えてなかった。
昼食をしてすぐ、上司に呼ばれた。メールの方はブロックされていて電話からだった。
「話があるから屋上に来い」
その声は間違いなく恋渕先輩の声だった。私は逆らっても逃げてもいけないと思い、屋上へと急いだ。
「ようやく来たか、如月」
「ずっと待って下さったんですか? それで話とは何でしょうか?」
「話って何だか分かるよな? 昨日のことだよ」
昨日のこと。すなわち、颯くんとのデートでのレストランで振ったことだ。それが何だっていうんだ。そんなに悪い振り方したかな、私。そう不安に思っていた。
「別にお前が良いならいいんだ。俺を振った理由が他に好きな人がいるってどういう事だよ。それはお前の付き人なのか? 昨日の人は明らかに弟ではないよな、そんなの態度で分かる」
「確かにその子は私の実の弟ではありません。他に好きな人がいたっていいじゃないですか。返事が遅くなったのはすみません、
「もう分かった。だが、俺を振ると厄介な事になる。社内からは当然嫌われる。それでもいいんだな? 俺を以前振ってきた人はみな社内の人々からは疎遠されている。分かるだろ、もう」と先輩は乱暴に丁寧に説明してきた。裏の顔がこんなにも怖い人だったなんて。付き合わなくてよかった。
「いいです。先輩に嫌われたって、社内の人々に嫌われたっていいです。だから先輩とは付き合えません」
これから嫌われ者になる宣言をしてまで先輩を完全に振った。
「本当にいいんだな? 後悔しても知らないから」
「だけど、何でそんな事をするんですか? 理由を教えて下さい。やる意味ないじゃないですか」
先輩は地面を見下ろし、何か考え込むような様子を見せた。
「それは、俺がこんなにカッコよくて何一つ
話は以上の事だった。だけど私には
「それは先輩の問題であって私達には関係ないじゃないですか! そういう先輩は嫌いです、性格悪いです。直したほうがいいと思います。頼りになる優しい先輩だったのに恋愛になるとこうも違うんですね、さよなら」
そう言って屋上から立ち去った。
デスクに着いても社員達の目は怖かった。それでもよかった。だって、颯くんが好きという気持ちに変わりはないもん。会社を辞めようかとも考えた。だけど、我慢すればきっと良い事が来る。そう信じていた。誰かに嫌われても仕事内容は楽しい。やりがいがある。嫌われても無視し続ければいつかは止む。止まない雨は無い。女の粘着質で意地汚い攻撃は抵抗したり、気にしなければ治まる。そういう摂理になっている。
それに会社内で1人でも私には颯くんがいる。1人じゃない。
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