第九節 デート#2


 レストランに着いた。このレストランは洋食屋さんでパスタやピザ、カルパッチョなどが有名だった。店の雰囲気も明るくてガヤガヤしていた。巨大なワインの形をした飾り物があったり、一般庶民には馴染みのない、入ると一瞬でその雰囲気に呑み込まれそうな感じもあった。


私がどれにしようかメニュー表を見て悩んでいると、お店の人がおひやを持ってきてくれた。


(にしても、さっき手を繋いだ時のぬくもりは忘れられない……何で年齢の事なんか聞いたんだろう)


私は別に怒っているわけではない。はたから見たら、怒ってるように見えるかもしれない。ただ、颯くんのKYな言動にはイラっときてる。


 メニュー表には美味しそうな料理が沢山あった。迷いがいがある。一生に数えられるくらいしか食べれない料理だと思う。またこの水族館に来るとは限らない。


決まった。イタリアン・トマトパスタにすることにした。熟成トマト配合。店長おすすめ。この文字が決め手となった。


颯くんはずっと黙ったままだった。私が少し言い過ぎてしまったのかもしれないと心配になった。傷つけちゃったのかな……何も喋らないし、無表情。何を考えているのかも分からない。


「注文、して、いい?」


僕はコクりと頷いた。


すいませーんと言い、店の人を呼んだ。


「私はパスタとデザートに季節限定パフェとドリンクはメロンソーダでお願いします」


「僕はイタリアンドレッシングのサラダとミニチキン1つで。ドリンクは要りません」


あのちょっとした喧嘩(?)のすれ違い以来、初めて口を開いた。さすがに注文の時くらい喋るよね。


 でも、それだけなんて。少食だ。さっきのぎくしゃくが影響しているに違いない。


その後の料理が運ばれるまでも無言が続いていた。


気まずい空気が漂う。待ってる間、暇だ。携帯を開くと彩芹と絵梨花からLIMEの受信がきていた。絵梨花からは振れたの? との事。そして、仕事の新しいデザインの発注の内容だった。彩芹からは今日暇だからどこか遊びに行かないとの事だった。あ、すっかり確認するの忘れてたんだった。デートの事で頭の中はそれだけだったから。颯くんとの事がバレたらどうしよう……恥ずかしいなぁ。えっと今日は確定申告を出さなきゃいけなくて忙しいからとそれと花の生け花教室があるからとの理由で断った。私は嘘が苦手だけど確定申告の時期は今だから。


僕は暇な時間が嫌いだ。タオルで汗を何度も拭いていた。指先にセーターの毛玉を乗せて息を吹きかけて遊んでいた。これだけでも何もしていないより充実した時間が味わえる。 


 食前にメロンソーダが届いた。

しゅわしゅわしてておいしいー

メロンが甘くてさいこー

「おいしい」と笑顔を見せても彼は自分だけの時間に集中してて、こちらを見向きもしなかった。


 そうして長い間待った後、ようやく料理が持ち運ばれてきた。これだけ待ったんだから最高にデリシャスに違いない。とっても丹精込めて作られたと期待している。


パスタは出来たてほやほやだった。

颯くんのご飯も運ばれてきた。だけど、彼は食べようとしなかった。


パスタは熱いので冷めるまで待っていた。口に一口入れる。ちょっと大人な独特な味で私の口にはちょっと合わなかった。


彼に一言、言った。

「食べていいんだよ、ほら」

「お口あーんでもする?」


と問いかけたら彼の目に涙が出てきた。


「僕のこと、嫌いになったの?」


涙目で訴えかけてくる。さっきの身分証見せないと信じてくれないのは気に食わなかったし、気になったけどそれだけで嫌いになったりなんかしない。でも、普通そこまでの行動はしない。手を繋いだだけで、そういう行動をするのは空気が読めない。何か過去を抱えてるか事情があるのではないかと私は気づいた。


 とその時、見覚えのある顔の人が横を通り過ぎていった。


「如月じゃん! こんな所でどしたの? 偶然だね」その声は間違いなく恋渕先輩だった。


今日は何故だかチャラい格好をしている。1人のようだ。


「恋渕先輩、こんにちは。お元気ですか? 今日はプライベートで来られたのですか」


「こんちはープライベートでっす。そこにいるのまさか彼氏だったりしないよな」


いつもの恋渕先輩の雰囲気じゃない。できるクールな男感がしない。


「彼氏じゃなく、弟です」


いきなり颯くんが喋り出した。

そして、一気にさっきまでの表情から真面目な表情に変わった。


(この人って誰?)小声で聞いてきた。


(会社の人)


(もしかして告白してきた人?)


私は頷く。


「弟さんか~よろしくねー」


「よろしくお願いします」


颯くん、すごく演技が上手い。助かる。雰囲気諸もろともガラリと変わった。


「あの、こないだの告白の件なんですが、……」私は切り出した。


言わなきゃ、ここでチャンスを逃してはいけない……!


振ってくれるかな……ここに僕って居ていいの? 僕は思った。ちょっとだけ期待している。


「もしかして振りに来たの?」どうやら先輩は気づいていたようだ。


だってあんなに待たせたんだもん、当たり前だよね。でも、すごく悩むほどわずかに好きな気持ちがあったのかもと思われてる可能性もある。


「はい。恋渕先輩とは残念ながら付き合えません。ただ、好きな気持ちもありました。ですが、別に恋渕先輩より好きな人がいるので今回は遠慮させて頂きます。またご縁があればその時は。さようなら」


(えっ、その言葉本当? 嬉しい)僕は心の中で微かに感じた。


「そっか。じゃまた今度」

「残念だな」


ぼそっと最後そういう風に呟いていた。私は聞き逃さなかった。そうして、恋渕先輩は後ろへと姿を消した。


 恋渕先輩が消えた後、彼はお冷をちょっと飲んだ。


(良かった。飲んでくれた……!)


そして、サラダ1口、ミニチキン1口を口へと運んだ。


(食べてる……)


食べてくれる事がこんなにも嬉しいなんて。私、幸せ。ずっとあのままだったらどうしようと心もと無かったから。さっきの恋渕先輩の登場が気分転換にでもなったのかな……

そんなことを思っていると、

「何、人が食べてるとこ、ジロジロ見てるの? やめてくれない?」と言われてしまった。


「あ、ごめん」私は目を逸らした。


「さっきは驚かせちゃったよね、びっくりしたでしょ」

と言うと、

「演技代払ってよ」と不機嫌そうに文句を言われた。


 そして、再来した無言のまま食事を終えた。


悲愴ひそう感の後にあの真面目な演技で、その後不機嫌そうな顔をしていかってる。謎だ。気分の変動が激しい人なのか、これは虚像の颯くんなのか。感情のジェットコースターについていけず、分からなかった。



 かなり遅くなっちゃって、「帰りにクラゲでも見てから帰らない?」と私が言い出し、クラゲを最後に見ていくことになった。


水の箱の中にいるクラゲは暗い水族館を照らす電光灯のようで、優雅に泳いでいる姿がとても美しかった。


「綺麗だね」


「僕達もクラゲみたいに綺麗な関係でいれたらいいのにね」


私はクラゲに見惚みとれて気を取られていて、“僕達も綺麗だったらいいのにね”にしか聞き取れなかった。


「私の事、前にバーかテントで綺麗だねって言ってくれなかったっけ? それに颯くん綺麗だよ」


彼は、はてな顔をして上を向いている。見当違いだったと言わんばかりの態度を示している。


「此葉は綺麗だよ。僕が汚いの、分かる?」


私は正直、彼の言っている事が分からなかった。さっきから意味不明な事ばかり口ずさんでいる。


「ありがとう。もう疲れたよね、帰ろっか」


あ、と思い出した顔を私はした。


「ちょっと待って。お土産買ってから帰らない?」と提案した。


「そうだね」


そうしてイルカのストラップを買った。ペアルックだ。透明なプラスチックで出来ていて、綺麗だった。


買った後、颯くんの手を取った。颯くんは安心したのか笑顔を取り戻している。


(水族館、終わっちゃったか。また来たいな。此葉の手、温かい)


 そして、水族館デートが終わった。色々な事があったけど、これでも充実したほうだ。


帰りはファミレスに寄った。食事をして、彼は疲れているのかソファー椅子で横になっている。


「疲れちゃったのか、私が自由自在に歩き続けてごめんね」


「いいよ。疲れてなんか、ない」


ファミレスを出た。


靴のコツコツ音が響く。外は暗い。雨が降っている。帰りは降ると予想されていた。傘は彼女が持ってたから相合い傘した。この雨はあの財布を拾った時を思い出させる。


3分くらい歩いてのことだった。

いきなり、此葉が

「なんでそんなに躊躇ためらっているの? もっと教えてほしいの、颯くんのこと」と言ってきた。


帰りのお話はその言葉だけで、僕はその返事をしなかった。だって、知られたくないから……


家に着けば急いで交代制で風呂に入って、彼女は髪を乾かしてた。


そして気づけばベッドだ。


「楽しかったね」


「怖かったかな。でもいつかキミとまた行きたい」


「そうだよね。でも、またいつか行こうね、おやすみ」


「おやすみ」


そうして長い夜へといざなわれていった。休日は終わり、翌日からは此葉の勤務日だ。







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