第八節 デート#1


 私達は出かける準備をした。朝も勿論、早く起きた。颯くんは今日も早起きで、準備万端という格好をしていた。


「朝ご飯は家で食べるんだよ」と私が催促すると焦った様子で荷物を置いて玄関から食卓へ戻ってきた。

今日の朝ご飯はいつもより豪華にしてみた。ランチパックと卵の盛り付けを豪華にしたサラダとパンケーキ。少ないから苺ミルクも足した。


颯くんは「わぁーお」とリアクションして席に着いた。いつも美味しいと言ってくれる。そして、すぐに食べ終え、デートの仕度をした。


 私は準備に割と時間が掛かるんだ。彼は「まだー?」と叫んでくる。服はどれにしようか。悩む。ファッション系の仕事をしているから痛いほど分かる。彼に褒められたい。認められたい。その一心で選びに選び抜いた。そうして、その服に着替えた。白のフリル、レース付きブラウスに後ろをリボンで結んだピンクのスカート、そしてお洒落な模様付きのカーディガン。まさにお姫様って感じの服装だ。彼もまたお洒落な軽装を綺麗に着こなしている。彼はスタイルがいいから、どの服を着ても似合う。ちなみに高身長だ。


「それじゃ、行こっか」


「うん」


 こうして日帰りデートに出かけた。歩いてすぐの所の川沿いの桜が咲いてる所に来た。颯くんのテントの場所じゃない所のだ。ただ、桜が散ってしまってもう見頃じゃない。

ここは東京だから、北海道とかに行かないともう見れない。4月も、もう終わりだ。


それでも颯くんは「桜、綺麗だね」とぼそっと呟いた。


私も「残ってる桜だけでも充分楽しめるよね」と話を合わせた。


つぼみが残っているのもある。川に流れてる花びらも美しい。


(会社の前の桜通りの桜も颯くんに見せてあげたいな……)と思い、「あと3駅、先だけど私の会社の近くの桜も見ていく?」と言った。


だが、「時間的に厳しいと思う。それより先に1駅先のアクアミュージアム行こうよ。それで時間余ってたらにしよ」と言われた。


「そうだね」と私は改札口を通った。


が、彼は改札口の前で立ち往生おうじょうしている。状況を判断した私は「定期券持ってる?」と聞いた。

「持ってない」予想通りの返事が返ってきた。


「お金、1円も持ってないんだっけ?」


「うん」


だったら先に言ってよ! と思った。仕方なく私は広い改札口の前で財布を投げた。彼が拾ってくれたあの時の物と同じのだ。僕は気づいた瞬間にキャッチした。


「切符の買い方、分かる?」


「分からない」


私ははぁ、と溜め息を吐いた。大丈夫かなと心配にもなった。それで彼の姿が見えたため、通るかじっくり見ていた。


“通った”


通ったので良かったと思うと、彼から切符を見せてもらった。

「合ってる」その言葉に彼は頷いた。


「一番安いのが良いと思ったからね」


どうやら、そういう理由だったらしい。つまり、運次第ということだ。もし、間違えたらどうしてくれるんだ。


 2人は電車に揺られ、水族館に着いた。


水族館はとても大きくて、こんな場所に男女2人で来てしまったのかと思い知らされた。

「広ーい! すご、わーい。やばい」

颯くん(22才)が一人はしゃいでいるが、家族でこういう所来たことないのか? 語彙力はないがワクワクテンションが上がっている。この場所で良かったと思う。他の場所でもこういうふうにオーバーリアクションしてたとは思うけど。


虹のアーチが館前にあった。今日は休日だから人通りが多かった。混んでいると言ってもいい。子供連れもいて、私達みたいに男女で来ている人も一人で来てそうな人もいた。私達の関係はカップルといっていいのだろうか。


水族館の壁には海の生き物のモチーフが装飾されていた。私達は緊張しながら虹のアーチを少しだけくぐった。


「虹のアーチなんてロマンチックだね」


「ほんとだよね」


そう言って水族館の中に入っていった。


 水族館は当たり前だが暗くて、人が多かった。どこから回るとか事前に決めていなかった。最初に見たのは一般的な魚達で、熱帯魚とかカクレクマノミなどだった。


彼は「これ、釣った魚だー」と言って興奮していた。


色々な種類の魚がいて、どの魚も華麗に泳いでいた。私もこの魚達のように自由に泳いでいたいと思った。でも、自由はいいけど自由過ぎるのもな~と思った。だって、彼は私のことなど見ずに1人で魚を見てるんだもん。私のことも見てよって思った。年下だからかな。もっとリードして欲しい。


「こっち行こ」と私が言った。


彼は私の後ろを付いてきた。


 地図を見て、この場所かなと思い、立ち止まった。少しだけ遠い場所にあったので、颯くんは「疲れた」と息を切らしていた。


「ここがどうしたの? 大きなジンベイザメだね」


そこは広いコーナーでジンベイザメやエイ、鮮やかなうろこが特徴的な魚の群れがぶつからないように泳いでいた。一体感がある。巨大な魚は迫力があった。


「そうだね」


私は彼に物悲しげに反応した。


 僕は此葉のことを本当の意味で好きではなかった。好きって言われたから好きって答えただけで本当は……本当は。異性として意識することは出来るけど、それはまだ怖い。僕は此葉の事は軽いプロフィールと僕みたいな人にも優しくしてくれる一部しか知らない。仕事ができるオフィスレディーで家も豪華な彼女と僕が釣り合うのだろうか。此葉は僕の全てを受け入れてくれるわけじゃない。そうだったら、誰でも受け入れてしまうだろう。


酔ってキス、あれは心底驚いたな。急だったし。気さくに話しかけてくる人だというのは雰囲気からして分かっていたけど、心の準備が出来てなかった。

あれは彼女のほうからだから罪に問われないよね。僕が通報して、被害届を出したら彼女は捕まるだろうけど、他人ひとの人生を棒に振るような真似はしたくない。それに証拠がバーのマスターが証人になってくれればいいけど。しかもお金ほしいわけじゃないしね。だけど、彼女が無職の僕を一生養ってくれるなら それに甘えたい。僕の貯金もまだあるけど。いずれ尽きるから。



僕が心をみつめて、此葉のことを考えながら巨大魚を見ていたら……。


「手」と言ってきた。


「左手、貸して」と此葉は言った。


左手に何かあるのかと思った。僕はフェンスに両手を握っていた。


何で気づいてくれないの? と私は思った。本当に恋愛に関して無頓着で鈍感な人だ。そもそも恋愛に積極的じゃない。


「手、はい。どうぞ」と僕が言った途端、彼女に手を握られた。大きな水槽の前で手を繋いでいる。


まさかここで手を繋がないと思ってた僕は、茫然ぼうぜんとしてしまった。しばらくは空中を見上げていた。


「此葉って何才だっけ?」


「26才。前も言ったよね? 忘れちゃった?」彼女は不機嫌な様子をあからさまに示している。


それに対し、彼は「本当に? 身分証か保険証見せて?」と言った。


(なんで? 私ってもしかして信用されてないの? 手を繋いだだけなのに……)


嫌々ながらも学生時代に使っていた古びた身分証を見せ、生年月日を見てもらう事にした。


「本当だったんだ。なら、安心した。ありがとう、見せてくれて。ごめんね。お手数かけて」そう言って、僕は胸を撫で下ろした。


「もしかして、私のこと信用してくれてないの? 好きだったんじゃなかったの!」と私はありのままの心の鬱憤を全て放った。


彼は黙ってしまった。


そして、「もういいよ。手、離して!!」と言い捨て、手を離した。


「ごめんなさい」と泣きそうな顔で彼は謝った。


そして、ブルーで険悪なムードの中、水族館内にある一味違うと噂のレストランに向かった。






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