第六節 お互いの気持ち


 私たちの家にも朝が来た。


「昨日の夜は楽しかったから」


「楽しかったってどういうこと!? 何が?」


「私達ってまさか、そういうかんけー。セッ……昨日の夜に起きた出来事を私に分かるように説明して下さい」


赤面しながら言った。私の家に来た初日から性交渉するなんておかしい。どうかしてる。


「何、赤くなってんの? 楽しかったっていうのは君とのお喋りだよ。深夜まで続いて、つい夜更かししちゃった」


(あ、なんだ。良かった)ほっと胸に手を抑え、一安心する。颯くんに処女奪われるのは避けたい。未来は予測不可能だけど、もっと好きになったらいいかななんて思ってる。なんてね。


「なんだ。びっくりさせないでよ、でも何で上半身裸なの?」


彼は何のことかさっぱり分かっていないらしい。で、薄い白い掛け布団を前に退けた。出てきたのはなんとパンツ一丁の颯くんだった。


「きゃーーー」私は大声で叫喚する。


そして、廊下の方へ。

(良かった。パンツは履いてた)

少しだけホッとした。


「出ていっちゃった……」僕は彼女の心情が分からず、天を仰ぎ、朝日を見つめる。


 服はここで着替えるかと思い、トランクケースから出したシックな服をピシッと着こなした。そして彼女がいる廊下へと向かった。


「あ、颯くん、ごめんね、騒ぎだして。お洒落な格好してるね」


「ああ。僕こそごめん。寝る時はなるべく裸でいたいんだ。でも、此葉がいるから流石に下着は着たの」


全裸で寝るのを好む颯くん。それもまた、カッコいい。女の人だとあれだけど、男の人が裸で寝るのは魅力的ではないか。


「そういう事だったんだ。事情把握して納得」


 私はそう言い、キッチンへと移動した。定番の目玉やき、サラダ、ハム、牛乳、食パンのメニューできめた。彼は喜んでくれるかな。


彼の笑顔が見たくてウキウキする。


食卓に運び、彼を呼び出した。彼は気分が良さそうだ。顔から伝わる。


彼との初めての朝食。口に合えばお嫁さん候補になれるかもしれない。


今日はどんな美味しいご飯が食べれるんだろう……楽しみだなぁ、此葉が作る料理はどれも美味しい。食事が毎日食べられること自体、幸せなことなんだけどね。僕は欲張りだから美味しい料理に期待してしまうよ。


二人とも違う事を考えていた。


「「いただきます」」そう声を合わせて、今日という日を迎えた。顔を洗ったり、カーテンを開けても今日が来たって分かるけど、最初の食事でもそれが味わえる。


サラダを口に運ぶ。美味しい。野菜が苦手なのに此葉が作ってくれたから、何もかもが美味しく感じる。


食器をおろす。まだ食べていたい。飽き足りない。


食器を洗っている時も鼻歌を歌っていた。彼が私が作ったぎこちない未完成な料理を食べてくれた。嬉しい。幸せとはこういう事だ。



 午前中は何をしていたかというと彼女からの悩みを僕が聞いていた。しかもそれは恋愛相談だった。


「私ね、実は職場の上司から告白されてたんだ。それも3週間前のこと。桜通りの人混みの中で」


「それでさ、返事がまだ出来てないんだよね。てゆうか返事が出来ないの。どうすればいい? 颯くん、教えて」泣きそうな顔でおねだりした。


「そうだったの。なんで返事が出来ないの?」


「私、告白されたの初でどう返事したらいいのか分からなくて……。それに先輩と付き合いたいのか付き合いたくないのか、まだハッキリしてなくて。ずっと後ずりずり引きずって。でもさ、これがチャンスかもしれないじゃん。だから逃しちゃいけないのかもとか頭の中いっぱいで。長々とごめんね」


「そんなに複雑になってるんだ。もう少し軽く緩い感じで考えてもいいかもよ。まあ、此葉の気持ちも分かるけど」


「もう決めたら? 返事待ってますよ、先輩」


「どうやって返事したらいいのか分からないんだよ! 傷つけちゃったらどうしようって。もし、その告白の返事で悪さされたら嫌だから」と泣きながら言った。初めて自分の気持ちを吐露した。


 私は優柔不断だった。傷つくのが怖かった。だから、慎重に慎重に考えてた。だけど、颯くんの言う通りだ。告白の返事くらい軽く考えてもいいのかもしれない。それよりも早く返事したほうがいい。


「早く言うんだよ。あなたとは付き合えませんって」


「その上司っていうか先輩の名前、何て言うの?」


急に話を変えてきた。


「恋渕つかさ先輩」


「じゃあさ、僕と恋渕先輩、どっちが好きなの?」


いきなりの衝撃的な質問。私は困った。どっちもとは言えなかった。恋愛のチャンスを手放したくないから、返事するまで時間が掛かったけど、恋渕先輩を異性として意識することはなかった。頼れる上司だと思ってはいた。


颯くんはこうして一緒に生活するようになって、一緒にいて楽しいし、財布を拾ってもらった時にときめいた。なかなかのイケメンだ。薄い茶髪に染めた若い青年。目も涙の雫の形を横にしたような切れ長であり、横は狐の耳みたいに細くなっていってる。瞳の色は茶色だ。若いトップモデルになれるんじゃないかと言えるような整った容姿をしている。


そして、出した答えがこれだ。本人の前で恥ずかしかったけど、言う。


「颯くんが好き」


初めて自分の気持ちに気づいたような音がした。私は颯くんが好きなんだ。財布の落とし物からの関係だったけど、気づけば男女の関係なんだ。こういう事もあるんだなと改めて思った。そして、私は誓った。絶対来週の月曜日に恋渕先輩を振ろうと。もうどうなったっていい。


「嬉しい。僕も此葉のことが好きだよ」


颯くんも照れている。自分から言い出したくせに。


そして、颯くんは私のほうへと近づき、両腕を背中の方へ。抱きしめられた。温かいぬくもりだった。まるで、春風が吹くかのように。優しく、ほのかに。

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