第五節 僕を拾って下さい


「僕を拾って下さい。今日からよろしくお願いします」


「は????」


一瞬、頭が真っ白になった。


心のどこかで自分の人生が少し狂い始めた音がした。


「なんで、ここが私の家だって知ってるの?」


「今朝さ、一旦家に帰ったじゃん? その時こっそりついて来ちゃったんだよね」


そんな……少しも気づかなかった。


「そうだったんだ。でもストーカーはダメだよ?」


「分かった、もうしない」


「僕ね、ずっと此葉のこと待ってたんだよ」


ここまでのことをして、キスまでして、一緒に一夜を共にして、離れられるわけが無い。いつまでも一緒にいたい。運命的な出会いをしたのだから。そう僕は思った。もう後戻りは出来ない。


「そうだったの。私も颯くんに会いたくてしょうがなかったんだよっ」私は待っててくれた事を知らなくて嬉しかった。そして、ありのままの思いを口にした。


「さっ、さ、早く家の中入らせてよ」


「どうしようかな……」


少しの間だけだと思うし、いいかな。だけど一度許しちゃうと長く共同生活する事になるんだよね。


「分かった。お試しとして許可してあげる」


「やったーありがとう」


 甘やかし過ぎだとは身にみていたが、彼が家なしだという事も分かっていたので、渋々了承する事にした。しかし、だ。高級マンションという事もあってオーバーリアクションをされるのか不安だった。


事あって、招き入れた。靴置き場に靴をきちんと揃える颯。作法が身に付いていて素晴らしいと思った。


そして、まっすぐ進んでリビングへ。

「わぁあ」

思わず、声に出してしまったようだ。(こんな豪邸に来るの初めてだな)というのが今の僕の心情。これには私も予想通りの反応だと軽く受け流した。


僕は「きれー」と雄叫おたけびを上げた。露天風呂から一望できる夜景だ。私は最初は彼のような反応だったが、途中から見慣れた風景になってしまった。彼が子供みたいにベッドで飛び跳ねてはしゃぎだしたので、流石に注意した。


 一通り、家の案内が終わった。私の家はリビングと寝室が繋がっていて、広い空間となっている。クローゼットはリビングの右横にある。ベッドはダブルベッドでこれを1人で占領していた。廊下にはたくさんの部屋がある。8LDKといってもいいほどだ。トイレはここ、洗面所はここという形で説明していた。あとは物置になってる部屋や空き部屋、デザイン部屋などがあった。


露天風呂の説明をしていると急にこれから一緒に入ることもあるのではと恥ずかしくなってきた。そして、何となく今日から一緒に住むのかという実感が湧いてきた。ということはダブル大型ベッドも2人で使うことになる。隣を見れば颯くん。興奮が止まらない。キッチンと食卓は玄関に近い所にあり、窓がある為、換気もしっかりされている。


 夜ご飯は何がいいのか分からなかった。だから、無難なマカロニグラタン、ポテトサラダ、焼き魚と味噌汁にした。焼き魚は釣りもやってたし、喜んでくれるかなと。


作ってる時に鼻歌を歌っていた。そっか、今日から2人分作らなきゃいけないのか……疲れるけど楽しいなぁ……。ついに食事をもてなす時間がやってきた。1人分ずつ皿を置く。

「美味しそうな匂い」そう言って彼がやってきた。美味しそうな匂いってことは成功したのかなと思いつつも緊張しながら反応を待つ。


「「いただきます」」そう唱え、箸で食材を掴む。


「美味しい」と笑顔で頬張る彼を見て、思わず微笑む。そして歓喜する。良かった、安心した。私も一口食べる。上出来だった。


 お風呂はというと一緒に露天風呂に入るわけにもいかないし、1人だとしてもリビングから見られないという確実な保証もないわけだし、もう1つある鍵付きの浴室に交互に入ることになった。


 寝る部屋は別室でも良かったが、布団もないこともあって、折角なので一緒に寝ることにした。ダブルベッドだし。


颯くんはパジャマだった。そんな彼もかっこいい。私はネグリジェだ。僕はそんな彼女を見て「かわいい」と呟いた。返事はしてくれてないが、顔を赤くして照れている。


 何故だか、お金持ってないというのに服を沢山持ってるし(トランクケースの中にいっぱい)、買い物や外食してそうだし、不思議すぎて、彼という存在自体謎めいている。これは裏があるんじゃないのか? お金持ってないという発言が嘘だったりして。なんて、考えてたらベッドに横たわった。彼も同じタイミングで横になる。


「シロツメクサの花言葉って知ってる?」


「知らない」

彼女の突然の質問に動揺した。


「それはね、幸福、約束、私を思って、それと復讐だよ」

「私達、幸せになろうね」と約束をした。


笑顔で僕とは別方向にごろんとした此葉を見て、救われた気がした。僕は彼女とは別方向を見たら、そこは絶景といえる夜景だった。此葉は気遣ってくれたのかな。


それから数分間、他愛ないお喋りをした。


私達はお喋りした後、静かに眠りに就いた。


颯くんが家にいて、一緒に寝れるなんて夢みたい……テントの時のほうが至近距離だったけど。



 そして、翌朝。

はぁ~っと背伸びをして、隣を向くと上半身裸の颯くん。


「朝、起きるの早いね」と言うと、颯くんは「昨日の夜は楽しかったから」と朝日を見ながらぽつりと言っていた。


(これって、もしかして……)


私達ってまさかヤっちゃってる? とふと思った。

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