Day27 外套

 松来家の庭には立派な倉がある。

 現在も正しく倉として使われているそこには、骨董品から季節用品までありとあらゆるものが収蔵されており、天気の良い日には虫干しなども行われている。

「まあ、懐かしいものが出てきましたわ」

 そう言ってふみさんが引っ張り出したのは、黒の外套。コートとケープが合体したような作りの、インバネスコートと呼ばれるものだ。

「おや、とんびかい。粋だねえ」

 古い言い回しをするのは、ネタが詰まったからと気分転換に来た作家先生だ。

あたる先生はこういうの着たことあるんですか?」

「俺がこんなのを着るお大尽だいじんに見えるかい?」

 よれよれの着流しでふんぞり返る先生は、確かにこういった上品な服とは縁がなさそうだ。

「このコートは和臣様のものですわね。就職のお祝いにと、銀座のテーラーで仕立てたものだと思います」

 懐かしい、と目を細める文さんの横で、銀行強盗よろしくバンダナで口元を覆ってハタキを振るっていた現当主・香澄さんが「中先生が着たらシャーロック・ホームズみたいになるんじゃない」と笑った。

「俺に鹿打ち帽を被れって?」

「似合うと思いますけど、中先生はどっちかっていうとワトソンだよね」

 違いない、と笑い合う声が、秋深い中庭に響く。

 文さんの瞳に光るものが見えたのは、きっと笑いすぎて涙が出たからだ。そういうことにしておこう。

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