Day15 オルゴール

 《記憶の海岸》には、時々不思議なものが流れ着く。

 機械仕掛けの翼、壊れた鳥籠、錆びた長剣、書きかけの手紙――。

 世界の果てに打ち寄せるのは、記憶の欠片――世界の断片だ。

 ほとんどは壊れて使い物にならないが、ごくまれに新品同様のものも流れ着く。

「これは……オルゴール? なのかな」

 何日も前に打ち上げられた『それ』は、聞き慣れない音楽を奏でていた。

 一見すると銀色の箱だが、継ぎ目一つなく、錆びどころか汚れもない。

 どこから音が出ているのかも分からないし、どんな仕組みで動いているのかも分からないが、これはなかなかに面白そうだ。

「暇つぶしにはちょうどいいかな」

 そう思って拾ってみたのだが、三日と経たずに飽きてしまった。

 なぜなら――。


「ずーっと辛気くさい音楽ばっかり流すんだよ。気が滅入って仕方がない」


 仕掛けも動力も分からず、音楽が止められない。

 そして流れるのはやたらめったら暗い曲ばかり。

 これではただでさえ滅入りがちな隠居生活が、ますます辛くなってしまう。


「今は明るい音楽が流れてるじゃないか」

 訝しむ骨董店主に、いやはやと頭を掻く。

「ここに持ってきたら急に曲が変わったんだよ。いつもはもっと、じめーっとした音楽なんだ」

「不思議なオルゴールなのですね」

 興味津々で箱を見つめる看板娘。途端にまた曲調が変わる。今度は華やかな円舞曲だ。これは、もしかして――。

「そばにいる人間によって曲が変わっているのかな」

 だとしたら、と箱を手に取ると、またぞろ流れ出す短調の曲。

「……」

「……」

 思わず顔を見合わせ、同時に嘆息する。

「引き取ってくれないかな、これ」

「構わないけど、うちにずっと置いておくわけにもいかないよ。これでも客商売なんだから。手に取った客の心境を勝手に汲み取って奏でるなんて、色々と危険すぎる」

 確かにそうだ。まさに今、私が懸命に作り上げた『陽気で親しみやすい賢者』という印象が音を立てて崩れ落ちている気がする。


「……言っておくけど、私は別に陰気で根暗な人見知りじゃないからね?」

「誰もそこまで言ってないだろう」

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