Day25 幽霊船

「幽霊船を探してるんだ」

 場末の酒場にはそぐわない、凜とした声。

 まっすぐに見つめてくる瞳はルビーのように紅く、ギラギラと力強い輝きを放っている――ような気がした。なんせこっちは酔っ払いだ、多少の過剰表現は大目に見て欲しい。

「貴方は腕利きの船乗りだと聞いた。金さえ払えばどこにだって運んでくれると」

 おいおい、誰だよ。こんな坊やにそんな与太話を吹き込んだのは。いやいや、確かに俺は腕利きの船乗りだ。船も古くて小さいが、速さなら誰にも負けやしない。――燃料を買う金があれば、の話だが。

「僕は幽霊船を探して、そこに辿り着かなければならないんだ」

 幽霊船、と聞いて、真っ先に脳裏を過ったのは『荒れた海を漂うボロボロの帆船』だったが、生憎とここは衛星軌道上の中継港で、スクリーンに映し出されているのは漆黒の宇宙空間だ。

「幽霊船ね。そんなの、《サルガッソー》に行きゃいくらでも見られるだろ。もっとも、次はてめえの乗ってる船が幽霊船になりかねないがな」

 かつて地球の海洋には、船舶の墓場と呼ばれる『魔の海域』がいくつも存在したらしいが、宇宙にも似たようなものは山ほどある。星すら飲み込む《大食漢の黒穴》、蛇のようにうねる小惑星帯《蛇骨流》、複雑怪奇な進路を取る彗星群《星墜とし》など、有名どころは山ほどあるが、中でも近年脚光を浴びているのが、通称《サルガッソー》――宇宙船の墓場だ。

「話が早いな、船長! そう、僕は《サルガッソー》を目指しているんだ」

 おいおい、でかい声で妄言を吐くな。ほら見ろ、回りの視線が痛いじゃねえか。

「声を落とせ、坊主。ここは大人の社交場だ。お子様がはしゃいでいい場所じゃない」

「おっと、これはすまない」

 素直に声を潜め、ついでに(勧めてもいないのに)向かいの席に滑り込んで、その少年――どう見積もっても十五才を超えているようには見えないから、少年で十分だろう――は、ぐっと身を乗り出した。

「伝説の宇宙海賊《隻眼のフェルナンデス》が根城にしていたという《魔の宙域》。そこに、フェルナンデスの船があるんだ」

 確かにそんな噂は聞いたことがある。何せフェルナンデスの船は宇宙軍に追われて《サルガッソー》に逃げ込み、そのまま消息を絶っている。《サルガッソー》の中で息絶えたのか、それとも密かに逃げおおせた後なのか、真相を知る者はいない。

 ただ、いつの頃からか、こんな噂が囁かれるようになった。曰く――『《サルガッソー》を漂う幽霊船には、彼の遺した宝が眠っている』と。

 その噂を鵜呑みにして《サルガッソー》を目指した命知らずは数知れず。そして帰ってきた者は、俺が知る限りは一人もいない。

「僕はその船に辿り着かなければならない」

 ――そう、引っかかるのはここだ。「船を見つけたい」でも「船に眠るお宝を探したい」でもなく、あくまで「船に辿り着く」ことが目的だと、この少年は言っているのだ。

「辿り着いて、どうする?」

「確かめなければならないものがある」

 何やら決意を秘めた瞳で虚空を見つめる少年。まあ、訳ありなのはよく分かった。分かった、が。

「生憎だが、ヤバい仕事は受けないと決めてるんだ」

「なにがヤバいんだ?」

 さも不思議そうに首を傾げる少年。

「僕はごく普通の一般人だし、報酬はきちんと払う。船長は僕を《サルガッソー》まで連れていってくれるだけでいい。片道でいいんだ、楽な仕事だろう」

「おい待て。なんで片道なんだ」

「? 帰りはフェルナンデスの船に乗ればいい」

「動くと思ってんのか!? 相手は幽霊船だぞ?」

「動くさ」

 即答する少年。一体何なんだ、この根拠のない自信は。

「だって、僕は呼ばれたんだもの。『彼女』直々にさ」

 すいと差し出された携帯端末の画面には、何とも素っ気ないメッセージ。

『魔の海で、貴方を待ってる。 ――ベアトリーチェ』

 宇宙を翔ける最速の船。白き翼のベアトリーチェ。それは――フェルナンデスが愛した船の名だ。

「僕は彼女に会いに行く。それには船長の助けがいるんだ。もう一度言う。僕を《サルガッソー》まで連れて行ってくれないか。報酬は弾む。迷惑は掛けない」

 一体お前は何者なんだとか、その金の出所はどこなんだとか、そもそもそのメールはいくらなんでも怪しすぎないかとか、言いたいことは色々あったが。

 宝の地図を目の前にしたような、その煌めく瞳を見つめてしまったら、もう文句を言う気も失せた。

「……報酬は前払いで頼む」

 そろそろ係留料金も馬鹿にならなくなってきた。どのみち出港しなければならないのなら、あてもなく彷徨うより、多少なりとも小銭を稼げた方がいいに決まっている。

「契約成立だな! よろしく船長!」

 かくして、俺は訳あり少年の冒険に、少しばかり手を貸す羽目になったのだった。

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