Day10 誰かさん
「頼むよディミアナ。もうお前さんしかいないんだ!」
机に額をこすりつける勢いで懇願してくる町長さんに、思わず「はあぁ?」と素の口調で返してしまったのは、持ち込まれた依頼があまりにも予想外の内容だったからだ。
「失礼、町長さん。もう一度仰っていただけます? この私に、何を仕立てさせたいと?」
「だから、《世界樹の司》の衣装だよ。今年から、パレードの
町長が熱弁を振るうパレードとは、今年から規模を拡大して行われる星祭、その一番の目玉とも言える催し物だ。各街区ごとに意匠を凝らした輿を作り、楽隊や踊り子達と共に街中を練り歩く予定になっている。
その殿を務める《世界樹の司》は、元々は星祭の夜に行われる儀式の進行役という地味な役どころだったのだが、今回からはパレードの花形として組み込まれたらしい。
「あと十日しかないのに、衣装がまったく仕上がっていないんだ!」
悲愴な顔で訴えられても、こちらにだって都合というものがある。すでに限界ギリギリまで依頼を受けてしまっているから、更にもう一着縫う余裕などどこにもない。
「いくらなんでも、あと十日で一から仕立てるのは無理ですって」
「そこを何とか! 最初の仕立て屋が失敗してから、あちこち声を掛けてみたんだが、みな断られてしまって……。もう君しかいないんだ!」
「……あの……失敗したって何事ですか!?」
仕立てが上手くいかなかった、とか、依頼だけ受けて逃げた、というなら分かるが、それを「失敗した」とは表現しないだろう。
「それが……《世界樹の司》本人が、『大仰な衣装なんて必要ない』の一点張りでね。採寸に行った仕立て屋が「あれでは仕事にならない」と半泣きで逃げ帰ってきたんだ」
「あの……そもそも、その人をパレードに出そうということ自体が無理なのでは?」
パレード自体は各街区の責任者達が集まって企画したものらしいが、まさか肝心の《世界樹の司》の意思を確認していない、なんてことはないだろうか。
「いや、パレードに出ること自体は快諾してくれたんだよ。ただ、普段からその……あまり服装に頓着しない人でね」
その後も何とか説得しようとしたが、のらりくらりと逃げ回られてしまって、と頬を掻く町長。
「というわけで、採寸すら出来ていない上、どんな衣装にするかも決まっていなくて」
「はあ!? じゃあ何ですか、あと十日で採寸からデザイン、型紙起こしに縫製までやれと? 無理です、ぜーったいに無理です!」
《世界樹の司》がどこの誰かは知らないが、そんな面倒な人間を相手にしなければいけないなんて真っ平ごめんだ。
「そこを何とか! デザインは君に一任するし、報酬は弾む! 生地の調達やお針子の増援が必要なら、こちらで手配するから!」
締まり屋の町長がここまで言うからには、もう本当に後がないのだろう。でなければ、まだ独り立ちして間もないディミアナのところまで依頼が回ってくるはずもない。
「君なら――そう、誰に対しても一切の遠慮なしで、はっきりと物を言う君ならば、彼も説得に応じるんじゃないかと思ってね」
どうにも褒められている気がしないが、求められているのは裁縫の腕だけではなく、ディミアナ本人の気質も含めてなのだと、そう理解した。
「……そうは言っても、その誰かさんをひっ捕まえて採寸しないことには始まりませんよ」
「そこは安心したまえ。部下が昨日から貼り付いているから、もう逃げられることはない。今すぐにここへ出向いて、採寸してきて欲しい」
渡された紙片に記されていたのは、遠く離れた街区の住所。
「これじゃ、往復だけでも一日かかっちゃいますよ」
「大丈夫だ、こちらで馬車を用意した。この依頼が終わるまで自由に使って良いから」
何という大盤振る舞いだろう。ここまでお膳立てされたとあっては、引き受けないわけにもいくまい。
「……分かりました、お引き受けします」
ぱあ、と顔を輝かせる町長に、「ただし!」と釘を刺す。
「その誰かさんにまた逃げられちゃったら、さすがに責任持てませんからね!」
「ああ、そうなってしまったらもう仕方あるまい。普段着で出てもらうことにするよ……想像するだけで卒倒しそうだがね」
げんなりと答える町長。何やら色々と問題がある人物のようだが、そんな人に《世界樹の司》を任せて大丈夫なのだろうか。
一抹の不安を覚えつつ、大急ぎで必要な道具を鞄に詰め込む。もう昼過ぎだ、とにかく時間がない。
「頼む、ディミアナ。星祭は人々の希望だ。なんとしても成功させたい」
「分かってますよ、町長さん。私だって、子供の頃から星祭が大好きなんですから」
外套と帽子を手早く身につけ、鞄を抱えて店を飛び出れば、目の前に小型の馬車が待ち構えていた。
「やあ、ディミアナさん。いつでも出発できますよ」
万事整えて待機してくれていた御者に礼を言い、ふかふかの座席に腰を下ろす。
「超特急でお願いします!」
「承知しました」
軽快に走り出す馬車。しかし、どんなに馬や御者が頑張ってくれたとしても、目的地までは数時間かかる。
「ああもう、せめて五日くらい前に依頼してくれれば良かったのに!」
今はとにかく時間が惜しい。この移動時間を有効活用すべく、鞄から帳面を取り出して、思いつく限りのイメージを書き付けていく。
「威厳を出すなら黒か白だけど、折角のパレードなんだから、もっと華やかな色の方が良いわよね。輿が派手なら、下手に柄物を使うより単色で重ねた方がいいかしら……っていうか《世界樹の司》って男? 女? ああー! せめてそれだけでも聞いておけば良かった!」
相手が誰であろうが、どんなに時間がなかろうが、手がけるからには最高の一着を。
それがディミアナの矜持であり、信念だ。
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