Day09 一つ星

 空を見上げる時、ここが異世界であることを実感する。


 二十一世紀の日本から剣と魔法の世界へ、いわゆる『異世界転移』をしてしまったのが半年前。

 習慣や常識の違いにもようやく慣れてきて、『迷宮攻略者』という職にもありつけた。武器や防具の使い方も何とか覚えて、ようやく一人でも暮らしていけるようになってはきたが、未だに驚くことがいっぱいだ。

 何しろこちらでは、空飛ぶクラゲだの海を泳ぐ巨大ラクダだの、謎の生き物が山のようにいるし、『迷宮』の中には凶悪な怪物達が巣食っている。最初は何が怪物で何が無害な生き物かも分からず、むやみやたらに剣を振り回しては怒られたものだ。

 つい最近、ようやく『攻略者見習い』から『初心者』に昇格して、第三層までなら一人でも探索できるようになったので、最近は毎日朝から晩まで『迷宮』に潜っている。

 『迷宮』の中はいつでも薄暗くて、時間感覚が薄れてしまうから、地上へ戻ったら真夜中だった、なんてこともしょっちゅうだ。

「お、まだ日が沈んだばかりかな」

 彼方の空がわずかに明るい。これなら、今日は熱々の夕飯にありつけそうだ。

 空には輝く一つ星。残念ながら、故郷のものとは異なる。

 あれは金星などではないし、やがて瞬き出す幾多の星々に、見慣れた星座など一つもない。

 空を見上げた時、何よりも『異世界に来てしまったこと』を痛感するなんて、半年前までは想像もしなかった。

「いつになったら戻れるのかなあ、オレ」

 せめて流れ星でも見えたなら、必死に願いを唱えるのに、この世界では凶事の象徴らしい。見たいと言ったら酷く怒られた。

 ならば代わりに、と一つ星に希う。

 今すぐとは言わない。でもいつかは――せめて一日だけでも、故郷に戻れますように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る