Day06 双子
「やあやあ、我こそは
芝居がかった声が聞こえたと思ったら、どうやら旅の一座が興行しているようだ。
演目は人気の『双子姫』。北大陸の東西に国を興した双子の姫、ローラとライラの話だ。
広場の片隅に組まれた簡素な舞台の上では、煌びやかな鎧に身を包んだ少女が、悪漢達を相手に切った張ったの大立ち回りを繰り広げている。
「やれやれ、随分と誇張されているな」
苦笑交じりに呟いたのは、まさにそのローラ姫の子孫である、現ローラ国王ヴァシリー三世の娘、ローラ・セシリエだ。
くたびれた旅装に身を包み、花のかんばせも紅茶色の髪もすっかり土埃にまみれているが、どこか浮世離れした言動だけはまさしく「世間知らずの姫」そのものだ。
「そうなのか?」
「そうだとも。大体、双子姫が活躍したのは内乱で国中が荒れていた時代だ。あんな派手な鎧を着て、大仰な名乗りを上げている余裕なんてあると思うか?」
まあ、これは演劇なのだから多少の誇張はあるにしても、確かに舞台の姫はあまりにも「姫騎士」然としており、あの格好で旅をするのはどだい無理な話だろう。
「双子姫ねえ。あれだろ、国の荒廃を憂えた双子の姫が、得意の剣と魔法で内乱を治めて、最終的には国を二つに分けて統治した、って話だろ」
昨年の春にこちらへ渡ってきたばかりのラウルは、北大陸の地理や歴史に疎い。建国から現在に至るまで、両国の関係が良好なことは知っているが、建国に至るまでの経緯となるとさっぱりだ。
「まあ、大筋はそんな感じだな」
闇雲に版図を広げたせいで、統治が行き届かずに国が荒れ、内乱が起こったことを悟った二人は、国を東西に分け、それぞれに国を治めた――というのは、表向きの話。
「ここだけの話だが……。戦いの後、国を二つに分けたのは、二人がめちゃくちゃ仲が悪かったから、らしいぞ」
子孫の口からもたらされた驚愕の新事実に、思わず息を呑む。
「……マジかよ」
「ああ。王家に伝わる日記はこうある。「誰よりも近いのに、誰よりも遠い。分かり合っているはずなのに、分かりすぎるから反発する。顔を合わせれば喧嘩になるから、あえて距離を置く」とな」
さすがにこれは表に出せないから、王家の秘密なんだけどな、と舌を出したローラ・セシリエは、いよいよ最大の見せ場に突入した舞台に目をやった。
「我こそは剣姫ローラ!」
「我こそは魔女姫ライラ!」
「我ら双子姫の力、その身をもって味わうがいい!」
爆音と共に兵士達が吹き飛び、派手な音楽が場を盛り上げていく。
「もうすぐ終幕だ。混み合う前に離れよう」
「ああ、そうだな」
促されるままに歩き出し、雑踏へと身を投じる。
「しかし、いくら芝居とはいえ、あの名乗りは小っ恥ずかしいな」
「まったくだ。でも旅の一座の興行だろうが、国立劇場での歌劇だろうが、必ずあの名乗りが入るんだ。あれをやられるたびに、同じ名前の私はこう、そわそわして落ち着かなくなる」
「そいつは難儀なことだな」
ちなみに、ローラ国では最初に生まれた姫に「ローラ」の名をつける決まりがあるそうで、つまり歴代のローラ姫がみな、あの芝居を見るたびに、どこか落ち着かない思いをしてきたわけだ。
「ん? もしかしてお隣のライラ国も、同じように、姫にライラの名をつけてるのか?」
「よく分かったな。その通りだ。現国王のライラ七世はライラ・ロジーナという。数年前に即位したばかりの、聡明な女王だ。数回しか顔を合わせたことはないが、優しい人だぞ」
城で迷子になった私を探し出して飴をくれたんだ、と頬を緩ませるローラ。食べ物をくれる人はみんな優しい人判定なのか、と突っ込みたい気持ちをぐっと抑え、代わりにふと思いついたことを言ってやる。
「なんかの余興で、そのライラ七世とお前とで、さっきの名乗りをやったら受けるんじゃないか?」
「絶対にお断りだ!」
父上に頼まれたってやるものか! とぷりぷり怒りながら歩き出してしまったローラを追いかけて、買い物客でごった返す目抜き通りを進む。
「おい、待てって!」
「ふん、どうせなら用心棒がやればいいんだ。建国王ローラ一世は美しい黒髪が自慢だったらしいからな。黒髪の用心棒にはお似合いの役だと思うぞ」
「誰がやるか!」
去年の秋祭りでまさにそれをやらされそうになったことを思い出し、震えるラウル。その様子に溜飲を下げたらしいローラは、ほらほらとラウルの腕を引いた。
「買い物も済んだことだし、次の村へ向かおう。今からなら夕方には着く。久々に野宿しないで済みそうだな」
「分かったから、そう引っ張るなって!」
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