Day05 チェス

 かつて、『郵便チェス』なる遊戯が流行ったことがあったらしい。

 対面で対局するのではなく、遠く離れた相手と、駒の動きを手紙で送りあって進めるという、実に気の長い遊戯だ。

 どこかでその話を聞きつけたらしい友人が「是非やろう!」と言い出したのが、およそ十年前。

 何しろ友人は遠方に住んでいるし、こちらは気ままな旅の途中だ。優秀な配達員のおかげで何とか途切れずに済んでいるが、勝負の行方は依然として知れない。

 そろそろやめないか、とも言い出せずに、すでに数年が経過。盤面は一進一退を繰り返している。

 これで局面が大きく動くか、という手を書き記し、送ったのが半月前。移動先を知らせておいたら、珍しく手紙の方が先に到着していた。

「旅人さん。あなた宛にお手紙よ」

 定宿の女将に手渡された封筒には、見慣れた封蝋。入っていたのは次の一手を記した紙、ではなく――。

「二階の角部屋にて待つ――?」

「ほら、早く行った行った!」

 女将に背を押されて指定の部屋に向かえば、そこには友人――ではなく、試合途中のチェス盤が待ち構えていた。

 ご丁寧にも部屋のど真ん中に設置された机の上で、まさに今、見えざる手が『黒騎士』の駒をつまみ、『白兵士』を蹴散らしたところだ。

 慌てて後ろ手に扉を閉め、チェス盤に駆け寄れば、そこには一枚のカードが添えられていた。


『親愛なる友よ これは魔法のチェス盤だ。私の手元に同じものがもう一つあって、お互いの駒の動きを模倣してくれる。これなら手紙を使わなくても対局が出来るだろう? 役立ててくれたまえ』


 改めて盤面に目をやる。兵士を蹴散らした黒騎士は、「さあ、そちらはどう動く?」と言わんばかりに、小刻みに揺れている。

「まったく……」

 気の短い友人のことだ、すぐに飽きて投げ出すかと思ったら、まさかこんな斜め上の解決策を提示してくるとは。

「仕方ない、受けて立とうじゃないか」

 椅子にどっかりと腰を下ろし、『白戦車』をつまみあげる。

「騎士様、側面がお留守ですよ、と!」


 魔法のチェス盤のおかげで、十年来の試合は一晩で勝敗が決まったわけだが、友人はそれを「趣がない」と判断したらしい。

『のんびり進める方が、案外性に合っていたのかもしれない。手紙なら、ついでにお互いの近況も知ることが出来るしね。というわけで、次の対局はまた郵便で始めよう』

 そんな手紙が届いたので、やれやれ、と肩をすくめつつ、返事をしたためる。

『次に向かう先は君の暮らす街だ。それまでに、この一手をどう防ぐか考えておいてくれ』

 十年分の土産話を持って、君の元へ向かおう。

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