第13話 Bomber
「来なさい」
「えっ、ちょ……」
腕を捕まれ、強引に駅とは逆方向に持っていかれる。どこへ行く気だ。
近くの公園まで行き、ベンチに座らされた。周囲は住宅街で明かりは極端に乏しい。
「あの、寒いんですけど」
「頭冷やせるからちょうどいいでしょ」
弘美さんは何でも無いように言う。あの時の男子と同じ口調だ。
しかし、それっきり黙ってしまった。僕も何も言えず、吹き抜ける風の音だけが二人の間に流れる。頭どころか、全身凍えきってるんだけど。
耐えかねたように、弘美さんが口を開いた。
「あなた、サラちゃんのことずっと無視してるでしょ」
「別に」
「嘘付かないで」台詞までアイツと一緒かよ。
「もう一週間も口利いてないらしいじゃない。喧嘩でもしたの?」
「別に」
「別に別にって、あなたそのままずっと無関心でいる気? サラちゃんの気持ちぐらい考えなさいよ」
「別に……弘美さんには関係ないでしょ。わざわざこんな所まで来て」
「関係あるから来たのよ。サラちゃんから全部聞いたわ。電話の向こうで彼女、……泣いてたわよ」
やめろよ、そんなこと教えるなよ。
「だから何なんですか。それは僕たちの問題でしょ」
「あなたたちだけじゃ何も解決しないから私が来たって、分かってる? 現実から目を背けて逃げることがあなたの解決法なの?」
「逃げてなんかない。そうするしかなかったんだ」
「それはあなたの独り善がりよ。サラちゃんのことなんて、何も考えてないじゃない!」
「違う! 僕はいつも人のことを考えて……」
「それが独り善がりだって言ってんの! あなたの言う『人のことを考えてる』って、どうせ周りの目を気にして嫌われない道を歩くことでしょ! あなたは自分から身を引くことで波風立たせないようにしているだけ。それが一番楽な方法だから縋っているだけよ」
「それは……!」
「あなたたちに何があったのか知らないけど、今するべきことは沈黙なの? 違うでしょ。
あなた自身が歩み寄って、あなた自身の思いを話すべきよ」
「でも、そんなこと……」
嫌な記憶が掘り起こされる。僕はもう、彼女とは……。
「……何となく、何が起こったのか分かってきた気がするわ」
弘美さんは大きくため息をついた。
「あなた、サラちゃん取られそうなんでしょ?」
「……」
「図星ね。ま、思春期らしい話ではあるけど」
何も言わない僕をよそに、弘美さんは勝手に話を進める。
「さっきそれらしい人影を見かけたのよ。イケメンの男子と一緒に並んでね。まさかとは思ってたけど、あなたそれで諦めるつもりなの?」
やっぱり、なし崩し的にすべてを見通されたようだ。僕は無言で肯定の意を示した。
「……で、あなたはどうしたいの?」
「どうって……」
「男なんだからハッキリしなさいよね。サラちゃんのこと好きなの? 嫌いなの?」
「そんなこと、急に言われても」
「でも出会ったのはひと月も前でしょ。自分の気持ちぐらい、自分で管理しなさい」
きつく唇を噛む。口にすれば相応の責任が伴う気がして、ずっと心の中に秘めていようと思っていた。怖い。たまらなく怖い。
「僕は……」
サラがこれをきいたらどう思うだろうか。笑われるかもしれない。勝手に好意を抱かれて気持ち悪いと思っているかもしれない。
それが怖いから僕は、無関心を装って生きてきた。隣を歩くだけで高鳴る胸も、不意に手が触れて感じる甘い痺れも、全部悟られないように隠して来たんだ。
でも、本心を殺すことまでは、絶対に出来ない。
「……好きだ。好きに決まってる」
口から出た掠れた声が、ちゃんと届いていたかは分からない。でも、弘美さんはさっきより少し、柔らかい表情を見せた。
「だったら急いだほうがいい」
「どういう事です?」
弘美さんは呆れたような顔で僕を見る。
「今日は何月何日? 世間ではどういう日?」
昨日が祝日振り替えだったから、今日は十二月の……。
「そうか、二十五日……」
「そういうこと。そんな日に高校生の男女が二人で下校って、普通に考えるとかなりロマンチックな展開よ。何が起こっていても不思議じゃないわね」
「でも、今さら僕に出来ることなんて何も……」
「まあ、無いわね」弘美さんにバサッと切り捨てられる。
「そもそもあなたに止める権利なんてないし、その結末を決めるのはサラちゃんよ」
そんなことは分かっている。だから僕はもうサラとは……。
「だから、あなたは当たって砕けるしかない。要は、告白よ」
「こ、告白!?」
冗談だろ? 僕が女の子に告白なんて、それこそ明日は爆弾の雨が降るぞ。
「さっき好きだって言ったじゃない。その気持ちを伝えるだけ」
さっきの言葉はちゃんと聞こえていたようだ。
「そういう問題じゃなくて……!」
「そんな勇気なんて無いって言いたいんでしょ? それがダメなの。まずは無視したことをサラちゃんに謝る! そんで男ならビシッと言う! 駄目ならスパッと諦める! じゃないと、あの子との関係はずっとマイナスのままよ」
「そんなことは……分かってます。でも」
そんな真似をしたら、クラスで好奇の視線に晒されるのは明白だ。いや、それだけならまだマシだ。
「……私からあんまり言うつもりはないけど」
一歩が踏み出せず躊躇う僕に、弘美さんは続けて言った。
「……あの子は独りぼっちになるのが何より嫌なの。……他の誰よりも、ずっとね」
「どういう、意味です?」
弘美さんは僕の言葉を無視して、公園の入り口の方を見た。女子生徒が数人、前の道路を通り過ぎた。
「明日は何の日?」
「へ? 明日?」
唐突に聞かれて狼狽える。……十二月の二十六日だろ。なんかあったっけ?
弘美さんは呆れたようにため息をついた。
「なんで分かんないのよ。明日は学校の終業式なんじゃないの?」
あっ、そうだ忘れてた。年内の授業は今日で終わり、明日は二〇一八年最後の登校日だった。て言うか、なんで弘美さんがそんなこと知ってるんだ?
「つまり、明日の機会を逃せば年明けまでサラちゃんとは会えない、最後のチャンスなのよ。もう時間がないわ。……後悔する前に、言う事言っちゃいなさい」
「あ、明日!? さすがに心の準備が」
それも学校に集まるのは午前中のみ。あと十八時間も無いじゃないか……。
「ダメよ。絶対に明日、告白しなさい」
しかし、弘美さんはあくまでも冷淡だった。
「言ったでしょ。時間が無いって」
『時間が無い』ってどういう意味だよ。言葉の真意を僕が問いただそうとすると、
「もう終わったわよ。出て来ても大丈夫」
弘美さんが公園の入り口に向かって呼び掛けた。僕も思わずそっちに視線を向ける。
腰ぐらいの背丈の生垣の向こうで影が揺れ、背中を丸めた人影がひょっこりと姿を出した。誰だ?
「悪いわね。別に居てもらってもよかったんだけど」
「いやぁ、そういった青臭い話はどうも苦手で……」
「な、なんでここに……」
スーツ姿の智司さんが立っていた。両腕を摩りながら公園に入って来る。
「『とんでもない情報を手に入れたから来い』って言うから何かと思ったら、痴話喧嘩の相談役かい?」
どうやら話の最初の方から居たらしい。寒さで声が少し震えている。
「それは本当よ。ただ別件でゴタゴタしちゃっただけ。さ、行きましょ」
弘美さんはさっさと入口の方へ歩いて行った。僕と智司さんは顔を見合わせ、そして仕方なくその後を追いかける。
「君も大変そうだね。あまり詳しくは知らないけどさ」
智司さんは力なく笑った。
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