第12話 Melancholy

 月曜日、サラは学校を欠席していた。

 毎朝のルーティーンだったUSB交換が無くなり、僕は早めに登校して来たことを少し後悔した。

 サラが居ないだけで、クラスのざわめきは普段より小さくなったような気すらする。いつも彼女を囲んでいる友人たちも、今日は自席でスマホを弄ったり教室を出ていったり、なんか行動がバラバラだ。

 それよりサラはどうしたんだろう。最近は週末の遠出が多かったから風邪でも引いたのかな。

 連絡は後で入れてみるとして、授業が始まるまではかつてのように狸寝入りでもするか。サラのおかげで最近はあまりやらなくなっていたが、やむを得ない。僕はポケットからイヤホンを取り出す——。


 急に強く肩を叩かれた。驚いてイヤホンを床に落としてしまう。

 誰だよと顔を上げると、クラスの男子が数人僕を囲んで見下ろしていた。彼らの目には何の感情も灯っていない。僕の中で、生まれて初めてのような感情が沸いて出る。

 僕が何も言えないでいると、正面の背の高い男子が威嚇するように距離を詰める。確かこいつは、サッカー部の……

「お前、森本とどういう関係なの」

 まるで独り言のような、壁に向かって話しているような無機質な口調。何が言いたいんだよ。

「ど、どうって言われても……別になんにも」

「嘘付くなよ」

 そいつはスマホの画面を僕に向ける。そこには並んで電車のベンチシートに座る二人の高校生が写っていた。撮られていた

「志田くんさぁ」

 隣にいたガタイのいい男子が肩に手を置いてくる。汗臭いぞ。

二組うちの人間のことなんにも知らないのな。でも森本と絡んでいい言い訳にはならないから」

「ちょ、何言ってるのかさっぱり……」

 正面の男子が机を蹴った。音で周囲の何人かがこっちを向く。

「バカかお前。人の気持ちぐらい考えろよ」

「とにかくさぁ」

 腕の力で強引に肩を寄せられる。脂ぎった顔と黄色い歯が間近に迫る。

「次近づいたら八つ裂きだから、よろしく」

 チャイムが鳴り、彼らはめいめい引き下がって行く。ふと床に目をやると、落としたイヤホンは踏まれてハウジングが割れていた。

 拾い上げて、乱雑にポケットに突っ込んだ。カバンから教科書を出そうとして、違和感に気が付く。

 ブレザーの肩に、糊のような液体が大量に付着していた。


 翌日、僕は学校を休んだ。サボりみたいな休みなんて人生で初めてかもしれない。見上げる壁掛け時計の針は二時間目、三時間目と過ぎて行く。その様子を家の布団の中で見ることがやけに心地良かった。

 昨日言われた言葉を頭の中で反芻する。『次近づいたら』、か。言われなくたってそうしてやるさ。僕は布団を頭まで被った。

 サラは学校に来ていたようで、お昼にスマホを開くと既に十五件のメッセージと二回の着信があった。

 だが僕はスマホを、何も弄らずに閉じた。

 

 たった一回こんな出来事に遭遇しただけで病んで仮病、か。あまりにもカッコ悪すぎだよな、僕って。まぁ初めからカッコ良くなんてないけど。


 結局次の日も学校をサボり、木曜日になってやっと登校する気力が沸いた。寒さと憂鬱で重い身体に鞭打ち、以前のように始業ギリギリになって校門をくぐる。

 教室に入って真っ先にサラが目に入った。なるべく目立たないように着席し、鞄を置いてすぐ教室を出る。教室の中から誰かが僕に後ろ指を指しているような気がした。別に、もうどうでもいいや。

 僕に気が付いたサラが何か言おうと駆け寄ってくるが、それよりも早く廊下の先に姿を消す。無視した彼女からの通知は、すでに六十件を越えていた。

 僕はすべての休み時間を同じように過ごした。サラは最初こそチャンスを窺って僕に近づいて来るが、こういう人避けは僕の方が慣れている。やがてサラも接触することを諦めたように、話し掛けてくることはなくなった。

 そして金曜日の夜、弘美さんから着信があった。前に言っていたサワシロ・プロジェクトについて何か分かったのだろうか。それぐらいしか電話してくる用事は無いだろう。

 でも今はそれを聞く気にはなれない。僕は電話を無視した。


 今思えば、ここ最近で起こった出来事のすべての元凶はあの曲にある。何が『Exhaustion(精魂尽き果て)』だ。もう僕の方が疲れた。壊れたイヤホンは家の机に置いたまま、新しいものを買うこともなかった。

 嫌に長かった呼び出し音がやっと消えた時、チャットルームの画面が表示された。一番上にある通知は昨日送られたサラのメッセージ。

 たった一言、「ごめんね」。


 三連休が明け、火曜日も何とか学校まで足を運ぶ。先週の嫌な思い出に加えて、土日でサラのメッセージが全く来なくなったこと、そして弘美さんから来た合計二十回の着信をすべて無視したことの罪悪感が交互に僕の神経を削っていく。全部、僕が悪いんだけど。

 サラはもう声を掛けて来なくなった。その代わりに、じっと見られるような視線を時々感じる。

 僕は彼女を徹底的に視界から排除し続けた。まるで意固地になっているかのように。

 同時に、せっかく紡いだ細い糸を自らほどくような行いが、どうしようもなく悔しかった。


 いつもの通り、放課後に一緒に帰る人などいない。うっかり視界の端に入れてしまったサラは、あの時の背の高い男子と帰路を共にしていた。まあ別にそんなこと、どうでもいいんだけど。

 人波から少し遅れて校門を出る。

 目の前に、弘美さんが立っていた。

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