第9話 longing
土曜日、駅の改札前では既に弘美さんとサラが待っていた。二十分も前に着いたのに、この二人はさらに早かったようだ。
「界峰院に行くなんて、なんか緊張するねー」
サラは呑気なことを言ってるし、弘美さんもさっきから学食の話ばかりしている。僕はそれよりも、LastChildの大学生時代を知るという人のことがずっと気になっていた。ずっと一人で歌っているイメージがあったから、知人がいるなんて想像の及びもつかなかったのだ。
「じゃあメンバーも揃ったし、出陣と行きますか!」
弘美さんが拳を突き上げた。
大学構内は土曜日だというのに人で賑わっているように感じる。界峰院は部活動が盛んなことでも有名なんだと弘美さんが説明してくれた。大学自体初めて来たので高校とは違う自由な雰囲気はとても新鮮だし、こんなに綺麗なキャンパスを見せつけられたら憧れも持ってしまう。サラも隣で「へー」とか「ほー」とか言いながら目を輝かせていた。
取材相手の人物とは大学内のカフェで待ち合わせをしているらしい。弘美さんが先立って四人掛けの席に座った短髪の男性に近づいた。二言三言交わしてから、僕たち二人に手招きをする。
「こちらがミマヤシキさんよ」
続いて弘美さんは男性に僕たち二人を紹介した。ミマヤシキとは、また変わった名前だな。
「初めまして、ミマヤシキです。呼びにくかったら下の名前でも」
そう言って僕たちにも名刺をくれた。名前は『
「労働基準監督官?」サラが名刺を見ながら言う。
「会社で働く人間を守るための仕事だよ。ブラック企業の問題とか労働災害とか、君たちも聞いたことあるだろう?」
智司さんは僕たち三人に席を勧めた。周りを見ると部外者は僕たちだけのようだ。少し居心地の悪さを感じる僕を除いて、二人は早々に着席している。
「まずはお忙しい中、来ていただいてありがとうございます」そう弘美さんが切り出した。
「いえ、こちらこそ。僕ももう長いこと彼とは連絡を取っていなかったので……。彼が亡くなったという事も、知りませんでしたし」
智司さんは柔和な表情を変えないが、言葉の端からは
「御厩敷さんはLastChildと大学時代に交友があるとお伺いしました。話せる範囲で構わないので、当時の思い出を聞かせていただけますか?」
弘美さんの問いに、智司さんは微笑を浮かべる。
「LastChilld、その名前ならば皆さんの方が詳しいかと思います。
……彼の本名は
本名は、武澤幸太郎。LastChildの存在がまた一段と近くに感じられた。
「サークルって、何のサークルです?」
弘美さんが少し身を乗り出した。
「
「うっそ、マジで……?」弘美さんは立ち上がりそうな勢いでリアクションをする。
「ど、どうしたんですか?」そう聞く僕の肩を掴んで、弘美さんは揺さぶった。
「
弘美さんが次々と口にする人物の名は、政治に詳しくない僕でも聞いたことがある。この国を代表するような名の知れた面子ばかりだ。
「もう十何年も前の話だし、入会試験に関しては世間で言われている程のものでは無いけどね」智司さんは謙遜して見せるが、そのOBに名を連ねているだけでも相当な自慢になるだろう。
「そんなすごい団体に、LastChild……武澤幸太郎さんも入ってたってこと?」
サラの問いに、智司さんは頷く。
「ああ、そうだよ。僕は引退間近だったから詳しくは知らないんだけど、彼はサークルの入会試験でトップの成績だったらしい。大半は高校生向けの一般教養だから、極端に難しいことも無いんだけどね」
「すっご……」
つまりLastChildは、日本で最高峰の大学の、天才ばかりが集うサークルで、トップの成績を修めたという事になる。彼に対して抱くイメージが、今度は遠くへ去っていくような感覚がした。
「御厩敷さんと幸太郎さんに、具体的な交流はあったんですか?」
四年生と一年生、同じサークル内とはいえあまり懇意になる関係では無さそうだ。弘美さんはノートに素早くペンを走らせている。そんな文字で読めるのか?
「僕も彼と仲が良かったと言うほどでは無いんです。でも大学に居る時の彼はいつも一人で、友達付き合いもあまり無いようでした。だから食堂で見かけたときは声を掛けて、たまに昼飯を一緒に食べてましたね」
「サークル内での幸太郎さんはどんな感じでしたか?」
「OBを招いての講演会とか勉強会ではよく見かけたけど、飲み会とかには居なかったような……。とにかく、自分から友達を作りに行くような性格ではなかったかと」
「あの……幸太郎さんとはどのようなお話を?」僕も何とかして話に割り込む。
「えっと、何だったかなぁ……。あぁそうだ、彼は労働基準監督官を目指していると言っていた」
「智司さんと同じ、ですか?」
「うん、そのことで話をした記憶もある。まだ一年生だって言うのに、自分なりに色々調べてたみたいでちょっと驚いたな」
「志望動機とかあったのかな……」
サラがそう呟いた。
「そのことなんだけど」智司さんは思い当たる節があるようだ。
「『助けたい友人がいる』。彼はそう言ってた。あまり詳しいことは聞けなかったけど、ずっと前からそんな夢を持っていたみたいなんだ」
「助けたいから労働基準監督官、か。普通に考えればブラック企業に入ってしまった友人がいて助けたい……。そんなところかな」
LastChildの『友人』。彼の曲の歌詞が頭の中で再生される。
「なら、幸太郎さんは仕事の傍らで路上ライブをしていたと?」
「いや、それは違うんだ」
急に否定され、僕たちは言葉に詰まる。
「幸太郎は、大学を二年で辞めたそうなんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます