第4話 Squabble
「すいませーん」サラが入り口から声を掛ける。怖い物知らずだな……。
「……はい、どうしました?」
仏頂面の中年が欠伸交じりに出てきた。相手が高校生だからって、ちょっと舐めてないか?
「あの、私たちこの駅前で路上ライブをしていた人を探してるんです。十年前に」
「十年前ぇ?」驚きで警察官の声が裏返っていた。「いやぁ、そんな前の話をされてもなぁ……」
「どんな些細なことでもいいんです。十年前、この近くで歌っていた人について、何か知りませんか? 二十代ぐらいの男の人で……」
「一応……動画の資料もあります」僕も後ろからこっそり援護射撃をする。
「いやね、そんな前だと僕自身まだここに来てないぐらいだから、ちょっと分からないなぁ」
地域に根差した交番という存在でも、十年という月日では人事交代も起きるらしい。
「そうですか……ありがとうございます」僕は頭を下げて後にしようとする。
「この交番で十年前から務めている人はいませんか? この辺の出来事にも詳しい人で!」
サラは僕の襟首を掴んで引き戻した。まだ諦めないのか。
「え? ああ、ここで一番長いのはヨシさんだけど、十年も居るっけな……」
「その人に、会わせていただけませんか? お願いします」
女子高生が真剣な眼差しで頼み込む様子に、警察官も気圧されてしまったらしい。
「け、結構前にパトロールに出て行ったから、もうすぐ戻って来るんじゃないかな……」
「ありがとうございます! 待ちます!」
そう言うと、大袈裟に寒そうなジェスチャーをして交番の中に潜り込んだ。僕も首根っこを掴まれたまま、一緒にお邪魔する。警察官は何か言いたげに口を開いたが、文句を言われることは無かった。
中のストーブで温まっていると、やがて外で自転車のブレーキの音がした。帰ってきたようだ。
ヨシさんは、先ほどの中年警官より二回りほどは年上だろうか。白髪交じりのオールバックからは老練した威厳のようなものを感じる。
サラがさっきと同じ説明をした。ヨシさんは黙って頷いて聞いていたが、途中でサラの言葉を遮って「あー、なんかいたなぁ」とこぼした。
「ご存じなんですか?」すかさず僕が尋ねる。
「うん。別に顔見知りってんじゃねえけど、十年ぐらい前にそんなのが居た気がするなぁ」
「そんなの」という言い方に違和感を覚えたが、僕は念のため、例の動画をヨシさんに見せた。
「ああ、これだこれ、こいつだ」完全に思い当たったようだ。だが、ヨシさんの表情はそれほど晴れやかではない。
「そこのコンビニの前の所だろ? あそこで歌ってる奴はべつに珍しくもないんだけどよ、一時期変わった奴が来てたんだ。それがそいつだ。十年ぐらい前だな」
「変わった、ですか?」
「ああ。そいつはほとんど毎日来てたんだけど、何が
「同じ歌……! やっぱりあの曲だけを」
「……ポエトリーリーディング」サラが呟く。
「え?」僕は思わず聞き返した。
「
「路上で歌う事自体は許可も取ってたし問題ないんだが、毎日二時間も三時間も同じ曲をずっと聞かされたんじゃ迷惑だって、一時期クレームが来たこともあってな」
「ク、クレーム……ですか?」
「つっても向こうさんも筋は通してる訳だし、中々言うに言えん状態だったのよ。そしたら対応を考えてる内にいつの間にかいなくなってたよ」
「最後にその人を見たのはいつ頃ですか?」
「どうだったかなぁ、嬢ちゃんが言う十年前ごろは確かにまだ居たんだが……。とにかく、最近は全く見ねえな」
「そうですか……」
お礼を言って交番を出る。室内との温度差で、僕たちは思わず身震いをした。
さて、これからどうしようか。僕は白い息を吐いた。これ以上駅前にいる必要もなさそうだし。
「あの、サラ……あれ?」
横を見るが、そこにサラの姿は無かった。
おいおいどこ行った? 辺りを見回す。あ、いた。サラはさっきまで僕たちがいた駐輪場横の『聖地』に一人向かっていた。
そこでは数人の男がたむろして、大きな荷物を地面に降ろしている。あれって、楽器か?
僕も急いで後を追いかける。三人の男たちは駆け寄る僕たちに気が付くと、不審そうに眉をひそめた。
「すみません! ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
サラは一番手前にいた小柄な男に声を掛けた。マイクスタンドを組み立てていたその男は、下心ありそうな目でサラの全身を見回すと「何か?」と低く答えた。
「実は私たち、十年前にここで路上ライブをしていた人を探してるんです。LastChildっていう名前で、最近は活動してないそうなんですけど……」
「は? 十年前? いや知らねえよ」
男は不愛想に答えた。無理もない、年齢的に考えると十年前なら彼らもまだ学生ぐらいだろう。その態度はあまり気に食わないけど。
「どなたかご存じありませんか? この辺りでずっと歌っていた人なんです!」
他の二人は耳すら貸さずに、路上ライブの準備を進めている。
「サラ……もう行こうよ。この人たち知らないみたいだし」
僕はサラを促す。しかし彼女は頑なにそこから動こうとしない。
「何? そこのJK、俺らのファンなの?」
すぐ後ろから声がした。振り返ると、やたら背の高い長髪の男が僕たちを見下ろしていた。
「あ、ノブさん……遅かったっすね」メンバーの一人がおずおずと言う。
「あ? 当たったんだからしょうがねえだろ。前言ってた新台はカスだったけどな」
彼は僕たちを押しのけ、背負った縦長のバッグを地面に乱雑に置いた。
「さっさとやんぞ。……おい、どけよ」
「あ、あの!」サラが声を上げる。
「何? 俺ら忙しいんだけど」
「LastChildっていう人、知りませんか? ちょうどこの場所でライブをしていた人で」
「はぁ? 知るかよ。……え? 今なんつった?」
「LastChild……です」
男は一瞬手を止め、濁った色の瞳をこちらに向けた。
「お前ら、アイツ知ってんの?」
僕とサラは思わず顔を見合わせた。
「し、知ってるんですか?」
「ああ、知ってるぜ」男は口の端を歪めた。黄ばんだ色の歯が見える。……マジで? 知ってんの?
「俺が中坊の頃にこの辺でちょっと有名だったな。ここがちょっとイってる奴だろ?」
男は自分の頭を指さして見せた。
「夕方とかに毎日駅前でなんか喚いてんの。ライブのつもりか知らんけど、クソみてえな音だし声もキモいし、ゴミの塊みたいな奴だったな。何、お前ら知り合いなの?」
横目でサラを見る。その顔は暗く曇り始めていた。
「サラ、もう行こう」
「交番にポリ居ない時とかたまに遊んでたよな。ヒロトお前、相沢先輩って覚えてる? 俺あの人と一緒にアイツのアンプ盗んだことあるぜ。アイツずっと必死で探してやがんの」
「ねぇ、サラ……」
「……あんたたち、人の想いを何だと思ってるのよ!」
サラが爆発した。
「そんな堂々と犯罪自慢して格好つけてるつもり!? あんたたちもバンドやってんなら、大事な物を奪われた悲しみぐらい分かるでしょ! あの人は一生懸命音楽を頑張ってたのよ! あんたたちなんか比べ物にならないぐらい綺麗な想いでね!」
「チッ……なんなんだよお前」
「ちょっと、サラ……!」
僕はサラの腕を掴んで後ろに引きずる。サラはまだ顔を真っ赤にして男に食い下がり、対する男たちも明らかな不快感を露わにしている。非常にまずい展開だ。この場合、男である僕はサラを守る義務があるだろう。でも、こんな
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます