第47話 レッドキャッスル帝国革命(2)

(1)

 先頭のイェルドが、敵基地へと続く扉を蹴破った。

 取り急ぎ魔法分子で溶接したと思われるその薄い扉は、乾いた音を立てて前方へとその身を投げ出す。中を確認するや否や、イェルドの殺気が一気に増した。

『聖伝書第10節【楽園追放】(バニッシュ・オブ・エリュシオン)!』

彼の詠唱と同時に、負のチカラを帯びた強烈な光魔法分子結晶が部屋の向こう側に充溢し、灼き尽くした。他の4人が確認できたのはそれだけだった。

「……流石ね、部屋からゴーストの気配が消失したわ!」

感嘆の声を上げたイオナは、何時の間にやら自分の腕にしがみ付いているランに、「もう大丈夫」と声をかけた。しかし、

「いいえ、軽率でした」

と眉を顰めたまま、イェルドは注意深く辺りの気配を探っている。

「まあ、オレ等はいつも、同じ罠にハマるよな」

凍馬が言って、ビルフォードが頷いた。

「どうも巧く此処に誘い込まれた、という感じだな」


――直ぐに今来た入り口が消失し、完全に閉じ込められてしまっていることに、全員が気付いた。


 「現状は、単に閉じ込められただけだ。連中としても、時間稼ぎの為の苦肉の策と言ったところだな」

既に凍馬もイェルドも分析を止め、打開案を練る作業に入っていた。とりあえず「穴が開くまで壁を壊せば良い」などと思っているランは、傍らで欠伸をするほか詮方ない。

「此処は、飛空艇の格納基地か何かかしら?」

こうなると元ペリシア帝国軍人のイオナの答案が早い。魔法が使えないということはなさそうだが、下手な魔法で突破できるものではないと考えた方が良いだろう。

「上等だよ」

今や遅し、とランが指を鳴らした。物理学で処理できるものであればこの女も強気である。

「まあ、出口なんか無さそうだから、壊した方が手っ取り早そうだな」

凍馬も小さく溜息をついた。物理学云々というよりは、面倒臭くさえなければこの男も幾らか乗り気である。

「それにしたって効率ってものがあるでしょう」

方や、イェルドやイオナはあまり乗り気で無い。下手に知恵が働く為、効用の低いものは「善し」とできないのである。最もエネルギーを使わず、最短時間で分厚い壁をぶち破る方法は何か。

「……であれば、オレの出る幕は無いな」

とりあえず自分のすべきことが分かったビルフォードは、壁にもたれかかり、休憩を決め込んでいる。

「ん?」

飛空艇もしくはそれなりの大型戦闘機の格納基地ということは、その内壁が相当強化されており、壁そのものが分厚いものであろうことは想像は難くない。しかし、ビルフォードは何者かの足音を確かに聞いていた。いや、それは最早足音などと言って良い音ではないかも知れない。何せ、それは例えるならば地鳴りに近い音だったのだ。

「お?」

次いで、凍馬が気付いた。

「何か飛んできたな」

凍馬はそのような表現を使った。成程、「足音」ではなく、「羽音」であったようだ。ということは、

「ポープ、か」

ランが答えを出して、皆頷いた。


 丁度、エントランスが開く音がサイレンと共に鳴り響いた。

「やっぱり来ちゃったんだね。止めときゃ良いのに」

このただならない気配の中では場違いとも思われる、幼い子供の声が基地に響き渡る。5人は一斉に声のした方を振り向く。しかしそこにいたのは、幼い子供とは似ても似つかぬ巨大な竜であった。

「ポープ!」

この5人の中で唯一ポープとハチ合ったことのあるランは一気に殺気だった。何せ、このポープという竜は、空間を異にする世界を繋ぐ穴を開けるだけのキャパシティーを持っている。ある意味エリオよりも厄介な術者(ユーザー)なのだ。

「アラ?」

竜王・イオナがすぐにこのポープという竜の底知れぬ不気味なオーラに気付いた。しかし、彼女がそれを指摘する前に、ポープが攻撃を仕掛けてきた。

『斬首台に降り注ぐ雨(スカーレット)!』

負のエネルギーを帯びた水魔法分子が一気に集約されたと思った瞬間、それはまるで弾丸のように5人に向けて放たれたのだ。

「うーん……?」

イオナはもう一つ首を捻った――以前にこの攻撃魔法とハチ合ったことがあるような気がしたのだ。

「保護結界呪文(バリア)!」

そしてそれは、イェルドも感じていた。といっても、懐かしさというものとは全く別の、そこはかとない嫌悪感だが。

「(そういえば……アイツに似ているな)」

5人それぞれがそう思ったのだが、皆、頭に思い浮かんだ人物は一致した。


「アユ……ミ?」


ランが恐る恐る呟いた名に、ポープはややヒステリック気味に咆哮を上げた。

「まさか、生きていたのか?」

ビルフォードは眉をひそめた。5人が抱く“アユミ”への思いは様々だが、確実に各々の心に甚大な印象を与える。

 何せ、最後の別れ方が強烈過ぎた。

(2)

 

 “嘘吐いてて、ゴメン――”


 あの日のアユミの微笑を、ランは未だに忘れる事は出来ない。彼は、自分の実の兄であるエリオとの戦いに敗れた自分達5人を見送ったまま、光と爆音と灼熱の向こうへと消えたのだ。


「アユミ!?」

つい、彼の名を叫んでしまったランに合わせるように、凍馬は攻撃の手を止めた。丁度、イェルドの方から聞こえてきた小さな舌打ちを聞き逃さなかったイオナがニンマリと笑う。ビルフォードは小さく溜息を吐いた。

 ふと、旋回していた竜がピタリと宙で動きを止めた。そのまま彼は常盤色の光に包まれ、瞬く間に稲妻の様な光となって地面に突き刺さった。散逸していく光の向こうに、いつの間にか人の影が現れる。

「誰がアユミだって?」

やや苛ついた声色は、先程のポープという名の子供のものと同一である。しかし、そこに佇む人影は最早竜ではなく、少年の容をしている。しかも、何処と無く“アユミ”の面影があった。

「冗談じゃないね」

それなのに、その少年の言葉は、自己の面影が醸し出すアユミとの何らかの牽連関係を否定し続けた。

「ボクには“ポープ”っていう、エリオさんが付けてくれた立派な名前があるんだよ!」

頬を膨らませて子供っぽく怒りを露にする彼の仕草は、やはり何処かアユミを連想させるものがあったが、

「しかも、アユミって、とっくの昔に死んだ人!」

ポープの言う通り、アユミはもう、何処にも居ないはずのヒト。ランは追憶を振り切った。

「――だよな」

何とか冷静に眼前の敵と対峙しようとランと凍馬が刀の柄を取る。ホッと溜息を吐きそうになったイェルドとニンマリと笑ったイオナの目が再び合う。思わず彼女から目を逸らしたイェルドは、今度はビルフォードから「気が重いナァ」とポンと肩を叩かれた。

「エリオさんの邪魔するヤツは、」

魔法分子を集めつつ、ポープが不敵な笑みを見せる。

「全員殺す!」

ある意味エリオよりも強烈な負のエネルギーがホールを覆う。

 ポープの登場で、幸い、壁に穴を開けるよりも早くエントランスは見つかったが、呼吸が苦しくなるくらいの辺りの闇魔法分子の濃さに、思わずビルフォードが咽る。これは、戦わずして逃れることは難しそうだ。

「オトナを舐めるんじねえよ」

舌打ちした凍馬が半月刀を抜いた――戦闘開始の合図だ。

(3)

 イオナが結界呪文(バリア)の詠唱を唱える。白銀の鎖が床を削り取りながら4人を囲む。保護された人数は少ないが、イオナが結界呪文の詠唱を唱え終わる前に、1人、ポープに攻撃を仕掛けた者が居たのだから仕方が無い。

「喰らいやがれ!」

その声の主は凍馬である。見れば、振り上げた半月刀の刃に高濃度闇魔法分子結晶が圧縮されて仕込まれている。ビルフォードの剣術に近いが、彼はそれをより攻撃的に応用していた。

「おっと!」

その凍馬の動きを全く予想していなかったポープは、とっさに後方に間合いを取る。が、凍馬の動きはまたも少年の予想を裏切る――完璧にポープを捉えるものと思われた刃はポープではなく、その直下の床に魔法分子の結晶を叩き付けたのだ。その衝撃で、圧縮された魔法分子はとうとう破裂し、触れた床をも発破させたのだ。

「うわっ!」

ポープは衝撃波と共に、飛び散った床の破片を体中に浴びてしまった。その隙に、凍馬は一時結界に引き返す。ポープが大して堪えていないことくらいは判っているからだ。

「(悔しいケド、やっぱコイツ天才だな)」

戦闘中に不謹慎だと反省したが、正直なところ、凍馬の剣を見たランはまっ先にコンプレックスを抱いた。

 この例に見る通り、突出した世界的ハイユーザーの揃ったこのパーティにウィークポイントがあるとすれば、やや雑念が多いというところだろうか。

「あの子、厄介ね」

竜王のスキルを持っているイオナがポープという竜を分析した結果を報告した。

「あの子のスキルも竜王(ドラゴンマスター)みたい。マスタードラゴンと完璧に同調しているわ。攻撃呪文は殆ど受け付けないから気をつけて」

表面上、彼女は平静を保っているように見えるが、分かる者には分かっていた……彼女の声が聊か動揺しているのだ。

「それはおかしい」

竜について詳しい知識があるビルフォードがすぐに指摘した。

「唯一無二の存在である竜王が降臨を許すのは民においても一人……つまり、この世界において竜王(ドラゴンマスター)は一人しか居ない筈だ」

そうでなければ竜王の配下のドラゴンが混乱をきたす為である。

「イオナが竜王ドラゴンマスターである以上、ポープが竜王ドラゴンマスターであるわけが無いんじゃないか?」

時に、飛び散った床の欠片と共に吹き飛ばされたポープがゆっくりと起き上がったところである。

「……魔法伝子配列操作、ですか」

イェルドは目を細めて起き上がったばかりのポープを見遣る。

 一つの生命が発生と同時に所有する魔法キャパシティーの設計図――それが魔法伝子(炎・水・風・大地・光・闇)の配列である。その情報は母体にある卵の外殻が保有しているのだが、どうやらペリシア帝国は、無属性の卵の外殻に後天的に魔法伝子を組み込むという技術を完成させたらしい。即ち、優れた術者(ユーザー)の魔法伝子配列の情報さえあれば、同じキャパシティーの先天的術者を作り出せるということ。

「ええ」

イオナも真っ直ぐポープを見つめた。

「あの子、魔法に関するキャパシティーは全くアタシと同じモノを持っているようね」

イオナの動揺の原因はそこのところにある。即ち――ペリシアはまだ、イオナのチカラを恣(ほしいまま)に出来る状態なのだ。


「アタシはまだ、ペリシアに囚われたままなのね」


――これでは、何の為に多くのかけがえの無いものを犠牲に亡命し、生き長らえたのか分からなくなりそうだ。

「ぶっ潰せばいいんだろ?」

ランが剣を抜いた。すぐにポープの不敵な笑みが視界に入る。この際、彼の面影に何処かアユミがちらつく事なんて気にしている場合ではない。

「イオナは、一度、死んだんだよ」

逃亡の果てのある日、イオナ元帥は追っ手として現れた黒服の男に炎で焼き尽くされた――もう、それで良いじゃないか、と今にも聞こえてきそうだ。

「へぇ」

凍馬は、結界から勢いよく飛び出したランに視線を投げた。後方から聞こえたイェルドの守備力強化呪文(プロテクション)の詠唱をぼんやりと聞き流して。

「……全く、雑念の多い奴等だな」

イオナと同じく、読心術(マインドリーディング)のスキルがあるポープは失笑をくれた。

「ぼやぼやしてると死んじゃうよ?」

ポープは強化魔法球(ブラスト)を撃つため、深く息を吸い込んだ。刹那、またも一つ、声無き声が飛んできた。

 少年の視線の先には、不敵な笑みを浮かべた竜騎士ドラゴンナイト・ビルフォード。曰く。


「(オトナは雑念と共に在るんだよ、少年)」


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