第3話「酔っ払い」

2年の春休み。前川から誘われて、高校の先輩たちと飲むことになった。

 お互いに未成年だった頃を知っているだけ、高校の面子との飲み会は新鮮で、ああ俺たちは成人したんだなあ……と、しみじみと感じた。

 俺は酒に弱くはない。むしろ世間一般で言う「強い」方だと思う。

 自分の酒量は弁えているし、東京の大学での飲み会で潰れたこともない。

 ただまあ、今日は飲み過ぎた。酒で気を紛らわしたい理由があったからだ。

 その理由は、今俺の肩を支えて歩いている。

「田村、お前飲み過ぎだぞ」

「こんなん飲んだうちに入らないれすよ~」

「あーほら、ちょっと座ってろ。水買ってくる」

 菊池先輩は俺をベンチに置いて行くと、駅のコンビニに消えた。

 俺は高校時代、菊池先輩のことが好きだった。先輩としても、それ以上の存在としても。

 ただそれはあくまで過去形であって、今は違う。違うと思うけど、正直よく分からない。

 ただ顔を見ると胸がざわざわするから、極力会いたくなかった。

 じゃあなぜ参加したかというと、ひとえに酒が飲みたかったから。

 そしてこのザマだ。情けない。

「田村。水買ってきたぞ。飲め」

「は~い」

 渡されたペットボトルを半分くらい飲み干す。熱い喉に冷たい水が気持ちいい。

「んーあざっす」

「また喉渇いたら言えよ」

 菊池先輩はペットボトルを鞄にしまった。

「田村は明日予定はあるのか?」

「あったら来ないっす」

「そうか。じゃあ、帰ろうか」

 先輩が手を引いて立たせる。

 女子でもないんだから、そんな優しくしなくていいのに。

「あれぇ? せんぱい、おれこっちっすけど」

 先輩が買った切符は違う電車の方だ。

「田村ん家、けっこう遠いだろ? そんな状態じゃ一人で帰せない。事故にでも遭ったら困るからな」

「なーる」

 本当にこの人は真面目すぎるし、面倒見が良すぎる。

 だから安心してしまって、手を引かれるままに電車に乗り込んで、つい眠ってしまった。


 目を覚ますと、先輩の背中が目の前にあった。

 どうやらおんぶされているらしい。

 まったく子どもじゃないのに。酒が飲めるくらいの大人なのに。

 つーか、成人男性なんて重いだろうに。

「んー……せんぱい……」

「お。起きたか」

「せんぱい、重くないんすか」

「重いけど、家すぐだからそのままでいいよ」

「りょーかーい」

 と言っても、気まずさは拭えない。

 頭を少し下げると、菊池先輩の匂いがする。

 シーブリーズじゃなくて、アルコールの香りだ。

 先輩も飲んでるんじゃん。

「あー……せんぱい」

「んー? なんだ?」

「せんぱいってぇ、彼女いるんすか~?」

 夏に前川から聞いて気になっていたことを聞いてみる。

 先輩は少し立ち止まって、それから照れ臭そうに答えた。

「あー……うん。いるよ」

「大学生れすもんねぇ~やることやってるんでしょ」

「ずえずけ言うなあ」

「いいんれすよ。成人してるし。ろうなんすか? オニのパンツとか行ったんすか?」

「いや……行ってないかな」

  それから、高校の時には絶対聞かなかったようなことを色々言った。

 菊池先輩はいちいち恥ずかしそうに、肝心なことは言わないで相手してくれた。

「せんぱいって、まじめっすね……」

「普通だよ。普通」

「おれは19で酒飲んだし、ラブホも行ったのに……」

「あんま外でそれ言うなよ」

「は~い」

 やっぱり来なきゃ良かった。

 先輩の話を聞いてると、自分ばかり東京で汚れてしまったみたいに感じる。

 背負われて、すごく高くなった視界で空を見上げる。

 黒い空に、白い粒粒がたくさん散りばめられている。

「星すげえ!」

「あ、こら! 動いたら落ちるだろ!」

「さーせーん」

 東京には本当の空がないなんて、誰かが言っていたけど、じゃあこの空は本当の空なのだろうか。

 どんなにこの夜空を眩しく感じたって、あと3日くらいでまた東京に戻らなきゃいけない俺が、現実ここにいるのに。

 温泉街に入ると、硫黄の匂いが鼻をくすぐった。


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