命をつなげろ
野口マッハ剛(ごう)
ボクは生きる
幸せなことだと思う。こうやって彼女とデートをしていることが。もう数えきれないぐらいにデートを重ねている。季節なんて関係ない。ボクと彼女の関係は永遠に続くかのように。彼女の言葉、それは明るかったり暗かったり、笑顔だったり怒っていたり。ボクは年上の彼女のそんないろんな表情を見つめてきた。時に口げんかをして仲直りをしてまた笑い合う。こういった時間がとっても嬉しくて。ボクは彼女と手をつないだ。一緒に歩いていくボクたち。ボクは彼女の二つ年下の十九才。いつかは一緒になろうね、そうお互いに笑顔で言う。ボクは彼女のことが本当に好きだ。一緒に歩いていくあとに道は出来ていく。ボクは幸せなのだ。
ボクはアルバイトをしながら趣味で小説を書いている。今日は昼間のアルバイトが終わり、自分の部屋で原稿用紙に手書きで小説を書く。小説っていいね。自分の思い通りに世界が出来ていくから。
ある日、一緒に住むおばあちゃんからこう言われる。
「お前は小さい時から元気だね。お前のよいところだ」
ボクは自分の小さい頃からおばあちゃんに可愛がってくれたのを思い出す。あー、いろいろあったなあ。小さい時から元気過ぎておばあちゃんから注意されたり、泣いている時には話を聞いてもらったり。毎年の誕生日プレゼントが楽しみだったり。いろんなことがあったなあ。そんなおばあちゃんのことが好きなわけで。もう誕生日プレゼントはもらっていないけど、優しいおばあちゃんだ。
テレビのニュースで見ている。若者の自殺と高齢者の死について。ボクはぼんやりと見ている。死かぁ。そんなこと考えることがないなあ。けれども、なぜだか彼女とおばあちゃんの顔が頭に浮かんだ。どうしてだろう。ボクは今のところピンと来ない。死なんて遠いものだと思う。ボクは台所を見る。お母さんが料理をしている。ソファーを見る。お父さんが新聞を読んでいる。そろそろ夕ごはんの時間だな。おばあちゃんの部屋に向かう。一緒に夕ごはんを食べるために呼ぶのだ。死なんて遠いものだと、ボクはそう考えている。
今日の夕方は、久しぶりに家族そろってファミレスへ食べに行く。車の運転はお父さん。助手席にお母さん。うしろにボクとおばあちゃんが座る。おばあちゃんからこう言われる。
「お前は何を食べるの?」
「ハンバーグセットかなぁ」
「そうかい、たくさんお食べ」
ファミレスに到着した。家族みんなが注文をして、ボクはドリンクバーでジュースを飲む。おばあちゃんの方を見る。笑顔だった。お母さんはドリンクバーはよくないと言っている。久しぶりのファミレス。ボクたちは笑顔で話しながら食事をしている。みんなが食べ終わり、帰り道の車の中。おばあちゃんの横顔を見る。おばあちゃんはお父さんの方のおばあちゃんにあたる。ボクは孫。おばあちゃんはちょっと悲しそうな表情に見えた。気のせいだろう。あー、ドリンクバーをちょっと飲み過ぎた。
今日は彼女とデート。街を一緒に歩いていく。あー、今の季節なんてボクには関係ない。彼女が居てくれたらそれでいい。彼女と話しながら歩いていく。クスクスと笑い合うボクたち。ふと思うボク。この時間は永遠に続くのだろうか、と。急に不安になる。チラッと彼女の表情を見る。彼女はまぶしい笑顔だった。なんだ、不安に思ってしまう自分がバカバカしい。彼女と目が合う。彼女の照れたような笑顔。あー、ボクはやっぱり彼女のことが好きなんだなぁ。手をそっとつなぐ。彼女の表情、彼女の温かさ、彼女の全てがキレイで。ボクと彼女は一緒に話しながら歩いていく。
夜にお父さんとお母さんが口げんかをしている。ボクからすればちょっとしたことでケンカをしているお父さんとお母さん。聞いている内にイヤになってきたので、ボクはおばあちゃんの部屋に行った。おばあちゃんは笑顔だった。何もボクとおばあちゃんは言わずに、ボクはスマホ、おばあちゃんは読書をしている。なんだか安心できるなぁ。ボクは彼女にメッセージを送った。彼女となんでもないやりとり。ボクがクスクスするとおばあちゃんがこちらを見て笑顔にしている。そのうちにお父さんとお母さんの口げんかが収まったようだ。
ボクは自分の部屋で小説を書いている。原稿用紙に文字でいっぱいにしていく。ボクの世界というのがここにはある。原稿用紙に物語りを書いていく。ボクは特には発表しようという気はない。ただ楽しいから書いている。そこに、おばあちゃんが部屋に入ってくる。おばあちゃんはボクを笑顔で見つめている。ボクはいつものことだと思って、特に気にはしない。おばあちゃんが座る。読書をしている。ボクは小説を書いている。ボクは自分の物語りに夢中だった。
ある日、おばあちゃんからこう言われる。
「お前は小説を書いているのかい? また次に見せておくれ」
ボクはちょっと嬉しく思う。ボクはおばあちゃんに自分の小説を読んでもらうために、毎日ちょっとずつ小説を書いていく。おばあちゃんはこれを読んでなんて感想を言うだろうか。ワクワクする。しかし、ある日におばあちゃんは寝たきりになってしまう。ボクはおばあちゃんのそばで自分で書いた小説を握りしめている。おばあちゃん、大丈夫かな? 心配で仕方なかった。ボクの小説を読んでほしい。ボクはおばあちゃんの回復を祈った。それから、おばあちゃんは老衰で亡くなった。
お通夜とお葬式が終わり、おばあちゃんとのお別れは無事に済んだ。けれども、何かがおかしいんだ。ボクはおばあちゃんのことを考えると涙が出そうになる。ボクはおばあちゃんに小説を読んでもらいたかった。ボクはおばあちゃんの部屋にひとり立っている。おばあちゃん。ボクはここにいるのに、もうおばあちゃんは居ない。ボクは涙が流れる。おばあちゃん。もう会えないね。ボクは涙が止められなかった。ボクはお父さんの元に行った。お父さんはソファーで横になっている。ボクはお父さんに、おばあちゃんの死について話す。おばあちゃんともう会えないのが悲しい、ボクはいま心が苦しい、おばあちゃんに小説を読んでもらいたかったことなど。お父さんはソファーに座り直してボクにこう言った。
「人が死んだら、あの世へ行く。自分が死んだら? それは死んでみないとわからない」
ボクはお父さんの言葉を聞いてちょっと考えてみる。まあ、そうだよね。あれ? けれども、人はあの世へ行くのに、どうして自分のことになるとわからないのだろう?
「それはどうして?」
ボクはお父さんにそう聞く。お父さんはそれ以上は何も言わない。あれ? どうしてだろうか? 死んだらどうなるのだろう? お父さんの言葉の意味を考えてみる。ボクはこう思った。お父さんにわかるわけがない。それと、お父さんは死をどこかで恐れているのだろうか?
彼女とデート中に、ボクはおばあちゃんの死について話す。彼女は表情ひとつ変えずに聞いているみたいだ。ボクはおばあちゃんの死についてを話し終えた。
「そっか、そうなんだね」
彼女はそれだけだった。え? もうちょっと言葉がほしい気がするけど、まあ、仕方ない。ボクは彼女と手をつないで街を歩いていく。ちょっと彼女のことを冷たいって思った。でも、このつないでいる手は温かい。ボクは彼女とまた笑いながら話して街を歩いている。彼女がボクの心の支えだ。ボクは空を見上げてみる。おばあちゃん、きっと天国に行ったんだよね。でも、さびしい。ボクはそのさびしさをどうにかしたい。彼女を見てみる。彼女の笑顔の横顔がちょっとだけボクの心のさびしさを薄めるかのようだった。
今日、お父さんがこうボクに話した。
「自分は親やおじいちゃんおばあちゃんから、死んだらあの世へ行くと言い聞かされていた」
そうなんだ。ボクは何も言えなくなる。もしもボクが死んだらあの世へ行く。そうなんだ。ボクはお父さんに何も言わずに自分の部屋に戻る。ちょっと考えている。おばあちゃんのことや死について。けれども、何かが納得がいかない。ボクは小説が書けなくなっている。そう言えば、そろそろアルバイトの時間だな。ボクは準備をして家を出た。
それから、ボクはおばあちゃんの遺影の前で手を合わせている。いろいろ考えてしまう。お父さんの言ったこと、彼女の反応、おばあちゃんの言葉。小説を読んでもらいたかった。また、おばあちゃんのことを思い出してボクは泣いた。泣いてもおばあちゃんは帰って来ない。そんなのわかっている。でも、涙が止められなかった。涙が流れる。ボクはおばあちゃんの部屋に向かう。もうおばあちゃんは居ない。ただそれだけが悲しかった。ボクはおばあちゃんの死が辛かった。涙がまた流れる。ボクはおばあちゃんの部屋でひとり泣いた。
彼女はいつも通りの笑顔。ボクは彼女と手をつないで、いつものようにデートをしている。楽しい。その言葉が今のボクにぴったりだ。彼女と笑いながら歩いていく。彼女がボクの心の支えなんだな。ボクは彼女の手をぎゅっと握りしめてみる。彼女はちょっとだけびっくりしたような表情を見せてまた笑顔に戻った。ボクと彼女は公園の長イスに座る。身を寄せあってクスクスとするボクと彼女。温かい。ボクは幸せなんだな。こうやって、彼女と温かい時間を過ごせるから。ボクは幸せだ。
アルバイトの終わりの夜に、ボクは彼女と電話をしている。
「ごめんね。私ってば、あなたのおばあちゃんの死について冷たい態度をとったかもしれなくて」
「いや、別にいいよ? ボクの方こそ何も考えないで言ってしまったから」
「ううん? そんなことないよ」
さびしさがうまっていく。ボクは彼女と言葉のやりとりをしている。温かいなあ。実は今日のアルバイトでちょっとイヤなことがあって気分が落ち込んでいた。でも、彼女と電話をしてそんな気分はどこかに消えた。温かい時間、オレンジ色の時間、彼女の優しい声。ボクはとっても気分が明るくなった。
日々の中で、ボクは日常に戻っていくような感覚になる。えーと、なんて言うか、うまく言葉に出来ないけど、ボクはおばあちゃんの死をどこかで苦しく思っていた。けれども、ボクはおばあちゃんから愛されていたことを思い出して、なんて言うかいつもの日常に戻っていくような感覚になっている。日々の中でおばあちゃんの死がちょっとずつ意識から薄れるような感覚。ボクは今、自分の部屋でひとり横になっている。ボクは生きている。ひとりぼんやりとしている。
ボクはまた小説を書くことにする。原稿用紙に自分だけの世界を書いていく。その原稿用紙に書いた文章はボクだけの宝物。ひとり自分の部屋で小説を、いや、ボクの未来を大切に積み重ねていく。あー、いつかは発表しようかな。でも、ちょっと怖い気がする。なぜなら自分だけの世界を人に見てもらうなんて。亡くなったおばあちゃんだったら、なんの抵抗もなしに読んでもらいたかった。うーん、ボクは小説にこう書き始めた。それは、ボクと彼女の二人の未来を。ちょっとだけ恥ずかしい気がする。でも、ひとりクスクスしながらその小説を書く。ボクは彼女の優しい笑顔と声を思い出している。温かいなあ、ひとりなのに、どこかで彼女と心がつながるかのような。
今日は彼女とデート。いつも通りのデート。ボクは彼女とお互いの服を店で選んでいる。ボクは幸せでいっぱいだ。ボクはいつかは仕事を頑張って彼女と一緒になりたい。ボクには明るい未来がある。彼女は鼻歌をしながら服を選んでいる。可愛いなあ。ボクも自分の服を見てどれにしようか考えている。
「ねぇ、手をつないで?」彼女はそう笑顔で言った。
「うん」ボクは彼女の手をぎゅっとした。
「温かいね」彼女は幸せそうな笑顔だ。
ボクと彼女はお互いの服を買ってあげる。次のデートに着ようかな? 彼女とのデートは、あっという間だ。ボクと彼女の握りしめている手がするりとほどける。
「またね」彼女がちょっとさびしそうに言った。
「うん。またね」ボクもそう言ってお互い自分の家に帰る。
ボクは幸せだ。またね。その言葉が何よりも元気にさせてくれる。ボクは自分の部屋でひとり小説を書く。温かい時間、オレンジ色の時間、彼女の手の温かみを思い出しているボク。
彼女は、またね、と言った。
それが最後の一言になった。
彼女が自殺をしてお通夜。彼女の父親と母親は暗い表情をしている。ボクも言葉が見つからない。ボクは彼女の父親と母親に話しかけた。すると。
「来てくれて、ありがとうね」
涙ながらにボクにそう何度も言う。
ボクは棺の中の彼女を見て、美しいと思ったと同時に涙が出そうになる。どうして? どうして彼女は自殺をしたのだろうか。ボクはお通夜にて、いったい何を行動していたかは思い出せない。ただ、ボクは何も言えない。なんて会話の返事をしたのかもわからない。彼女の急な死。またね、そのボクとの言葉のやりとりはどこに行ったのだろうか。ボクは翌日のお葬式にも出る。棺の中の恋人に花を飾ってあげる。美しい、またそう思って涙が流れる。今にも生き返りそうなのに、そろそろお別れ。彼女の父親と母親、そしてボクは火葬場に着いた。他にも同じバスで乗ってきた彼女の親戚と思われる人々。彼女に最後の言葉をかけたい。けれども、ボクは言葉に出来なかった。もう、会えない。彼女が入る棺が火葬されようとしている。またね、その言葉の意味はなんだったの? お願い、ウソだと言って、ねえ? どうして? そして棺はシャッターの向こうへ。火葬の音。ボクは泣き崩れた。涙が止められなかった。ボクは声を上げて泣いた。本当にさよなら。ボクはもっと貴女と一緒に生きて笑顔で過ごせるって思った。ごめんなさい、何も気付かなくて。貴女のこと、ボクはもっと知りたかった。世界が崩れる音を聞いたような、彼女はもうこの世界に居ない。ボクは何も言えずに、ただ泣いた。
こんなことってあるのか? もうイヤだ。こんな現実、イヤだ! 彼女が遺書も何も言わずに死んだ。なぜ? どうして? ボクは自分の部屋で頭がぐるぐるとしている。もっと一緒に居たかった。いろんなやりたいことを彼女としたかった。彼女の自殺。急なさよならだった。ボクは感情をどうしたらよいのかわからない。ボクは、涙が止められなかった。もうイヤだ。もうこんな現実はイヤだ。
とある夜にボクは包丁で死のうとして、お父さんとお母さんが必死で止めに入る。ボクは、もう生きているのがイヤになっていた。二人の死。おばあちゃんの老衰死と彼女の自殺。ボクを追いつめるには十分な理由だった。ボクは二人のあとを追うつもりだった。けれども、今はお父さんとお母さんがボクの自殺を必死で止めに入る。ボクは泣きながら包丁を何度も両手で自分の腹めがけて突き刺そうとする。それをお父さんとお母さんが何度も何度も止めに入る。死なせてくれよ! もうイヤなんだよ! なんのために生きているのかわからない。
とりあえずのところは、ボクの自殺をお父さんとお母さんが止めた。ボクは泣きながら、どうしたらよいのかわからなくなる。お父さんは無言でボクから奪い取った包丁を片手に。お母さんは無言で涙を流している。死なせてくれよ、どうしたらいいんだよ、これからボクはどうやって生きていけばよいのか。わからない。ボクの幸せはとっくに消え失せていた。ボクは泣きながら自分の部屋に向かった。ボクは自分の部屋で泣きながら横になった。わからない、もうどうしたらよいのかわからない。死なせてくれよ。もういいだろ?
アルバイトを辞めてしまったボク。アルバイトを続ける気力なんてなかった。ボクはひとり自分の部屋で横になっている。おばあちゃん、もうこの世界に居ない。彼女、もうこの世界に居ない。わからない、これからどう生きていけばよいのか。ボクはほとんど自分の部屋に引きこもる。おばあちゃん、彼女、どうしたらいいの? ボクは。
それから、ボクは毎日自分の部屋で小説を書く。手書きの原稿用紙、もうそこには希望がない。ボクは原稿用紙に涙を落としている。ねえ、ボクはひとり。ボクは原稿用紙に言葉を書きなぐる。死なせてくれよ、死なせてくれよ、死なせてくれよ死なせてくれよ死なせてくれよ死なせてくれよ! 原稿用紙がこの文章でいっぱいになる。ボクは泣きながら原稿用紙に文章を書きなぐる。けれども、もう彼女とおばあちゃんはこの世界に居ない。
命ってなんだろう? そう思ってひとり考えてみる。命って本当になんだろう? おばあちゃんは老衰で亡くなった。彼女は自殺した。どんどん、命について考えている。けれども、命ってなんだろう。必死で考えても、答えは見つからない。ねえ、どうしたら、この苦しみから逃げられる? どうしよう。全然わからない。
ボクは答えの見つからない思考の迷路に入っていくようだ。でも、ちっとも答えは見つからない。ねえ、どうしたらいいの? おばあちゃん、どうしたら? 恋人、どうしたらいいの? ボクは生きることと死について考えている。けれども、命は目に見えて目に見えないもの? 生きることと死。ボクは原稿用紙を見つめる。死なせてくれよ、そう書いた文章、いや違う。ボクは本当は、本当に本当は。
ボクも死というものが近く感じられる。ボクはひとり震える。どうしよう。けれども、どうしたら? いつ死んでもおかしくはないのだ。ボクは震えを必死で抑える。どんどん、死という影がやって来るようだ。それでは、ボクは可哀想? 不幸?
ボクは絶対に可哀想じゃない!
ボクは絶対に不幸なんかじゃない!
ボクは思い出している。おばあちゃんと彼女、二人とのあの日々のことを。いろんな思い出がある。楽しかったあの思い出と日々。そして、おばあちゃんの言葉、小説を見せておくれ。うん。また読んでほしい。そして、彼女の言葉、またね。そうだ、また会うんだ。他にもたくさんある。二人の生前の言葉。でも、いつ会える? けれども、ボクは二人の言葉を信じる。
また二人と会うためにも、ボクは生きる。それまでボクは生きる。また二人と会うためにも。それまで自分の命をつなげろ。
これからも、彼女のことが好きだ。
今でも、おばあちゃんの優しさを忘れない。
終わり
命をつなげろ 野口マッハ剛(ごう) @nogutigo
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