「晴天のグラウンド」 -蓮
俺は明るい。いっつもうるさくて、悩みなんてなさそうな奴。皆がそう思っとっても、笑顔なんやったらそれでええ。
「おー、東。まだ日直日誌書いとるんか。そんなん適当でええから、さっさと練習行こうや」
「んー、俺ってマジメやから?先行っとっててええで」
「お前が真面目て!練習前に腹捩れさす気か!」
廊下に響くチームメイトの笑い声が段々遠ざかり、教室に一人取り残される。ひらひらと振っていた手をおろし、シャーペンを意味もなくノックした。今日のニュース……なんやろ、田中が授業中に寝ぼけて椅子から落っこちた話でええか。
そのとき入り口のドアががらりと開いた。身長のわりに細い手足、度の強い眼鏡が電灯に反射して光っとる。今年来たばかりの……確か3年の古典の青山や。
「ああ、まだ誰かいたんですね。電気がつけっぱなしだったので」
「もう出ます。あ、そや、これ加藤に渡しとって!」
すれ違いざまに冊子を押し付ける。俺もはよ練習に行かんと。しかし青山はその長い腕で前を遮った。
「ちゃんと担任には先生を付けなさい。職員室ぐらい自分で行く」
これは返します、と日誌を戻される。
「え~。副キャプテンがはよ行かんと、皆のやる気も出んやろ」
「スポーツは、野球は、そういうものではないでしょう」
「なんて言われたんよぉ!皆、俺がおらんとモチベーションもあがらへんよな!?」
練習後、ロッカーでさっきの話をしたら、思い思いの反応が返ってきた。
「いや、喧しいのがおらんかったからめっちゃ集中できたわ」
「そういえば確か青山先生、野球部の顧問や」
言われてみれば確かに、そうやった気がしなくもない。だがほとんど野球部に顔を出すことはないし、面識はあまりなかったはず。
「よくそれで俺が野球部ってこと知っとったな」
「東のこの綺麗な坊主頭と日焼け顔みたらそれ以外ないやろ」
「それここにおる全員やん!」
皆がどっと笑い、和やかな雰囲気になるがやっぱり俺は納得がいかん。
「でもあの先生、わかっとらんで」
野球部は元々体育教師が長年顧問としてやっていたし、指導は今もそうだ。一応の数合わせとかなんやろう。スポーツなどやったこともなさそうな見た目の通り、野球はあまりわからないと言っていたのを思い出した。
「野球は気持ちも大事や。ここぞって時に頑張ったり出来るんは、仲間がおるからやろ」
皆の着替える手が止まり、部室の時間が一瞬停止した。視線が自分に集まったのがわかる。と、そのまま勢いよく背中を叩かれたり、歓声があがりだす。
「東ー!めっちゃ素直やん!」
「なんか照れるわぁ」
俺も、このチームが好きや。だからこうして続けていられる。
「ほら、もうすぐ秋大始まんで!ちょっと気ぃ抜けとんのとちゃう?」
ここ何日か雨が続き、運動部はどこも室内でのトレーニングを余儀なくされとった。そんな日ばかりだと、自然と気持ちが緩んでくんのもわかるけど。筋トレをさぼっている同級生たちに声をかける。
「ええやんちょっとぐらい。ずっとグラウンド使えんで、同じことばっかで」
「そんなこと言わんと、せっかく俺らの代になったんや、気合入れてこ」
喝を入れるように手を叩くと、少しだけ鬱陶しそうに眉をひそめられた。溜息を吐くものもいる。一人が口を開いた。
「そんな真剣にやるなんて、お前のキャラとちゃうやん」
俺かてわかってるわ。それでも試合に勝ちたいから言うとんやろ。負けたら悔しいやん、笑えんやん。野球は1人では勝てへんのや。先輩たちと一緒に泣いた夏のこと、俺は忘れてへんで。
「東くん。いつも賑やかな君が一人とは珍しいですね」
なんとなく部活に行きづらくて、放課後に意味もなく廊下を遠回りしとった。別にあんな些細な事、誰も気にしてへんかもしれん。それこそ俺らしくもない。やけどどっちもホンマの俺で。そんなん悩んどる時によぉ知らん青山先生に会っても、なんの解決にもならんかった。
「先生になにがわかんねん」
適当に受け流して通り過ぎようと思ったら、予想外なことを言われる。
「確かに私は野球に詳しくないですが……君が誰よりも具体的にチームの練習メニューを考えているかはわかってます」
「え?」
「野球ノート、毎日ちゃんと1P埋めてるでしょう。普段から仲間の状態がよく書かれています」
思わず振り返った。確かに毎日課題などをノートを書いては定期的に提出する決まりがあり、全員がそれをしとる。が、青山先生が目を通しているとは思わんやった。
「読んどるん……です、か」
「まだ全部の意味が分かるわけではないですが。それにしても、東くんは綺麗な字を書きますね」
「なんやそれ。野球、関係ないやん」
話題が突然変わる。なんの話や。
「眠くても適当に、義務だから書いてるのではないのが伝わります。丁寧な性格なんですね」
俺が、丁寧。思わずきょとんとすると、青山先生はなにがおかしいのかわからないという顔を浮かべている。
「はっ、ははは!そんなん言われると思わんやったわ!」
先生、野球は詳しくないのに、俺のことちょっと知っとるんやな。笑わされるとは思わんかった。
「先生、俺が野球のこと教えたるわ。だから国語の教室からじゃなく、グラウンドで見たらええ」
「……気づいてたんですか」
気まずそうに、青山先生が顔をそむける。その反応が面白くて、俺はいつまでもぐるぐると回り込んどった。
「ほな、グランド行こ!今日は久々の日本晴れや!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます