「先輩と私」 -芙蓉
私の先輩は、偉大な魔法使いらしい。
らしいというのも、私は今まで先輩が魔法をちゃんと使っているところを見たことがない。
だからまったくピンと来ないのである。
しかし、偉大な魔法使い一覧には間違いなく先輩の名前が書かれていた。
あんな珍しい名前の人間が他にいるとは思えない。
なんだかモヤモヤした気持ちを抱えながらも、今日も私はその先輩のもとへ向かった。
「こんにちは」
「おっ きたな! 今日は何にする?」
そう言って先輩はいつも通り、私に紅茶の準備をしてくれる。
やっぱりこの人が偉大な魔法使いだなんて違和感しかない。
考え込んでしまっている私の様子が心配だったのか、鬱陶しかったのか……。
先輩のことだから、たぶん後者なのだろうけど
「おーい。なんかあったのか? 話聞くぞー。聞くだけだけどな」
なんて声をかけてきた。
聞くだけなんて言われたけど、ちょうどいい。
せっかく本人が目の前にいるのだから直接、聞いてしまえばいいんだ。
こんな意味のないモヤモヤなんてひとりで抱えていてもなんの得にもならない。
「先輩って、偉大な魔法使いって呼ばれてます?」
「はー? なんだよー。エリート様が珍しく考え込んでるから、どんな面白いやっかいごとを抱えてるのかと思ったら、そんなくだらんことか!」
「先輩にとってはくだらないことでも、今の私にとっては超重要な案件です」
予想はついていたが、案の定ものすごくバカにされた。わかっていても腹立つな。
まあいちいち気にしてたら先輩と長い付き合いなんてやってられないのだけど。
「で? なんで急にそんなこと言い出した? 俺らが出会って、こうして毎週茶会をするようになって、何年経ったと思ってるんだ」
「今回、回された書類のなかに偉大な魔法使いについての記述があったんです。まったく意識していないときに知り合いの名前がひょっこり出てきたら、嫌でも目につくでしょうが」
「そんなもんかねー」
「で? どうなんですか?」
「まあ、名前があったんならそうなんだろ」
「そうですか……」
本当に先輩は、偉大な魔法使いだったのか。知りたかったことは知れた。
それにどうせこれ以上聞いても、先輩は答えてくれないだろう。
「じゃあ、この話はここまでにしてお茶にしましょう。今日の茶菓子はなんですか?」
「……いいのか?」
「なにがですか?」
「もっと根掘り葉掘り聞いてくるもんだと思ったぜ。エリート様お得意の質問攻めで」
「別に聞いたところで意味ないですし。というかさっきからエリートエリートうるさい。それは事実だけど今は関係ないでしょう」
「だって一人称『私』だったしー? エリートモードなのかなって思っただけー」
「はいはい、わかりましたよ。で? 今度は先輩から俺に言いたいことが出来たみたいですけど?」
「……なんで俺が偉大な魔法使いって呼ばれてるのか気にならないのか?」
「そりゃ、なるに決まってるでしょ。でもとりあえず俺が知りたかったのは、あそこに書かれていた名前が本当に先輩のものなのかってことだけです」
「ふーん……」
「なにか不満でも? してほしいなら、してあげますよ。エリートお得意の質問攻め」
先輩はなんだか感情がぐちゃぐちゃになって、どんな顔をすればいいのかわからない、というような表情をしていた。
いつも飄々としている先輩にしては珍しいその表情は、見なかったことにした。
私がそれ以上なにも言わず、紅茶を飲んでいるのを少しのあいだ見つめたあと、先輩が急に新しい話題を振ってきた。
「そういや、俺たちが出会ってもうすぐ五年目になるんじゃないか?」
「……たしかに。ちょうど来週ですね」
意識していなかったからすっかり忘れていたが、もうそんなに経つのだ。
少し感慨深いものがあると同時に、先ほどの話題は本当に、今更だったと苦笑してしまった。
お互い、知らないことがまだまだたくさんありそうだな。実際、俺も話していないことは多くある。
「俺がコンパスを壊していなかったら、先輩とは会っていなかっただろうし、『先輩』とは呼んでいなかったでしょうね」
「だろうな! あそこで俺とお前が出会ったのは、あんまりこういうの言いたかないが、奇跡ってやつだろうな」
とても懐かしい思い出だ。あのときはまさか、こんな風に先輩と交流が続くなんて、思いもしなかった。
――五年前
「くそっ! あいつらの顔、絶対忘れないからな!」
私はそんな悪態をつきながら、森をさまよっていた。
魔法が蔓延るこの国で、お手本のようなエリート街道をまっすぐに歩んでいた私は、よく妬みを買っていた。謙虚な態度をとっていれば、もう少しましだったのだろうが、そんな面倒なことしたくはなかったし、負けず嫌いなところもあり、売られた喧嘩は律義に買うタイプの人間だった。
いつものように絡まれ、いつものように返り討ちにしたところまではよかった。
だが、その小競り合いの拍子にコンパスが壊れてしまったのである。
なさけないことに、私は極度の方向音痴で、どこへ行くにもコンパスがなければ目的地にたどり着けないのだ。
コンパスの予備を持ち歩くようにしていたのに、こんなときに限って持っていなかった。
ことごとくついていないことを恨みながら、じっとしていても埒が明かないため、仕方なく歩き回ることにしたのだ。
1時間ほど歩き回って、さすがに疲れが溜まってきたため、一度休憩をいれることにした。
運よく湖が見えたこともあり、タイミングが良かったのだ。
そこで出会ったのが他でもない、先輩だった。
先輩は湖のほとりで、ひとり静かに紅茶を飲んでいた。近づいた私の気配に気がつくと
「お! お前も飲むか?」
と、軽く声をかけてきた。普段の冷静な私だったら絶対に無視をしただろうし、百歩譲っても丁重にお断りをしただろう。
だが、精神と肉体、ともに疲れ切っていた私は
「ありがたくいただきます」
と、答えていたのだった。
そうしてあれよあれよと、ことが進んでいき、先輩に助けられ、無事に家に帰ることができた。
その際、先輩が
「お前のことを助ける見返りを要求する!」
「まあそうですよね。いいですよ、なんですか? あまり無茶なものは無理ですよ」
「これから俺のことは『先輩』と呼べ! 」
「はあ? 話を聞いてる限り同い年ですよね? というかそんなくだらないことでいいんですか?」
「俺にとってはくだらなくないぞ! 『先輩』って呼ばれてみたかったんだよ! それと敬語禁止な!」
「敬語はくせなので無理です」
「なら仕方ない、許す! あ、来週また茶会するから迎えに来るぞ!じゃあな!」
「えっ! 待ってください! 来週って……!」
と、まあこんな感じでずるずると茶会を続けることになったのだった。
――
改めて思い出してみても、なかなか強烈な出会いだった。
でも出会えてよかったと今では思っている。あの日から私の人生に彩りがよみがえったのだ。つまらなかった日常が、先輩によってがらりと変わった。
だから、先輩が大魔法使いだろうがなんだろうが関係ないのだ。私にとっての先輩は、ただの茶飲み友達であり、大切な人であることにはかわりないのだから。
「なーに笑ってんだ?」
「いえ、少し昔を思い出していました」
「お前が迷子で途方に暮れてたやつな!」
「うるさいですよ」
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