第36話 ヨーコ・オノ -その2-

ある日 3人で食事に出かけたとき 「今日だけは ずっと英語で話して。 お願いするよ」と マークが私とヨーコさんに言った。

「マークといるときは いつも 英語で話しているでしょ」 と私が言っても

「お願いだから 今日だけは 英語で話して」と繰り返すだけだった。


レストランで 案内された席が 店の真ん中の 落ち着かない席だった。

「あっちの席の方がいい?」 と 私がヨーコさんに日本語で聞いてしまった。

「今日だけはって 頼んだだろう。 どうして言うことを聞いてくれないんだ。

今日だけ って言ったのに!」と マークがいきなり怒った。


「ごめん。 あっちの席の方がいい? って 聞いただけ。 そんなに 重要なことじゃないよ」 と 私が言っても 聞く耳を持たない。

「あれほど 頼んだのに どうして日本語を話すんだ」と 完全にへそを曲げてしまった。


マークと二人なら 食事をやめて 帰るところだが ヨーコさんを誘って わざわざ出かけてきたので そういうわけにもいかない。

おなかもすいているし 楽しみにしていたランチコースを頼んだ。 


食事の間 マークはずっと不機嫌で 私やヨーコさんが話しかけても ろくに返事もしなかった。

私とヨーコさんは ずっと英語で話をしていた。 会話に参加する気もないマークのために なぜ 英語で話さないといけないのかと 思いながらも…。


後日 カウンセリングの時に直美先生にこのことを話した。

「自分のわからない言葉で話をされると 自分が仲間外れになっていると 感じる人も多いみたいです」 と教えてくれた。


ついでに 最近のマークの物忘れや作り話が多いことも話した。

自分が失った記憶を穴埋めするために 作り話でつじつまを合わせようとすることがあるそうだ。

薬の副作用と言えるかもしれないが はっきりしたことはわからないと答えてくれた。


マークは 3人兄弟の真ん中で 兄や弟と比べると 「自分は愛されていない」と思って育ったような気がする。 2つ上の兄は少し病弱で 何かと手がかかったし 弟は5歳下なので 甘やかされていたみたいだ。  


幼いころ 両親に愛されていないと感じ、 常に 「もっと愛して欲しい」と願って育った子供がいる。 そういう子供が大人になると 愛情に対する欲求がとても強くなるらしい。


いつも いつも 「自分を認めてほしい」「自分を満たしてほしい」と 自分に気を引こうとするようになる。 


これがインナーチャイルド。 

子供のころ 満たされなかった思いを 大人になってから 「もっと もっと」と 求めてくる。 自分が何かを与えるなんて 考えない。 

ただ 貪欲に 愛を求める。 

「僕を愛して」 「僕を見て」 「僕にかまって」と…


いったいマークはどこまで私のエネルギーを奪い取ったら気が済むんだろう?

どれだけの 「愛」を与えたら 満足するんだろう?


ヨーコさんの休日を台無しにして 申し訳ない思いと マークに対する静かな怒りがこみあげていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る