第32話 クリック


「アイデアの神が降りてくる」

「ダイエットの神が降りてきた」

突然何かひらめいたり 

大きな決意が起きたりすることがある。

Clickという英語にもそういう意味がある。


Kissを送ってきた中の一人と

ランチを食べて帰ってきたキャシーが 

「クリックしたわ」と興奮気味に言った。 

会って話をしているうちに 

すっかり意気投合したらしい。

ピンを来るものを感じたとも言った。  


どこかで聞いたような話だと思いながら 

「よかったね、どんな人?」と尋ねると

今日の出来事を延々と語った。


もうすぐ60歳になるというのに,元気なものだ。 

最近マークとの間に温度差を感じていたので 

なおさらやっぱり日本人とは違うなぁと感心していた。


「日本人はロマンティックじゃない」と 

しょっちゅうマークに言われていた。

オージーのロマンティックは

肉体的な情熱を意味している。


日本では結婚して7年もたてば 

たいてい「家族」になってしまって 

情熱は感じないといわれている。 

私もマークに対して「情」はあるけれども 

「熱」は冷めてしまっていた。


マークは相変わらず

「Ellie, I love you」を連発しているし 

ベタベタとひっついてくる。 

煩わしいけど拒否するわけにもいかず 

適当に相手をしていると 

顔に出るのか「日本人は…」と言われる。


「それなら私を別れて

オージーと再婚したらいいでしょ」

と言いたかったが

マークの言うことに反応してはいけない。 


彼は私が自分を愛しているのか

試しているんだろう。 

冷静に「あなたのことを静かに愛している」と 

伝える方法を探さないといけなかった。


マークと初めて会ったときのClickで得た感情は 

もうとっくに「上書き」されてしまっていた。 

あの頃の気持ちに戻るなんてありえなかった。

腕を組んで歩いたりハグしたりするのはいいけど 

静かにシングルベッドで眠りたいと思っていた。


オーストラリアの女性は 

みんなこんなに元気なのか?と 

毎日のように出かけるキャシーを見ていた。 


キャシーのスマホには 

彼との写真がぎっしりと詰まっていて 

どの写真を見ても幸せいっぱいだった。


キャシーのクリックが起きて 

3か月が過ぎた時「結婚するわ」と報告された。

「マジ?」と思ったが「おめでとう」と言った。


「ボーイフレンドなんて欲しいと

思っていなかったんだよ。 

タニアがあまりにもうるさく言うから 

登録したんだけどね。 

ちょっといいかなって思って会ってみたら 

話がはずんで… 


お互いに今まで歩んできた人生に共感できたし…

まあ相手を探そうって思っているときには 

見つからないけど,

どうでもいいと思っているときには 

見つかるものなんだよ」


その気持ちはわかるけど結婚までしなくても… 

と私は思った。 

今マークが私のもとを離れていったら 

二度と結婚はしないだろうと思っていた。

 

一緒に食事をしたり、

映画を観に行ったりという関係はできても 

「結婚」と言う形をとって一緒に暮らすことは

ありえないと思った。


キャシーにも相手の男性ジャックにも子供がいた。 

それぞれの家族の都合を合わせるために 

式は3か月後に予定されていた。 

日本の場合、60近くになって親が結婚するとなると 

財産分与の問題とかで 

子供が反対するケースが多いと聞くが 

オーストラリアではそんなことは関係ないらしい。


ここでもパラダイムシフトが起きる。 

自分のやりたいことをするのに歳は関係ない。 

自分の気持ちに正直に生きていくって 

すごくエネルギッシュだと思った。

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