第31話 キャシーの「おとな恋」

タニアが訪れてきてから 

ひと月ほどたったころ 

急にキャシーがソワソワしだした。


タニアと頻繁に電話で話すようになって 

どうやら出会い系サイトの登録を

勧められたらしい。


始めるときには、

目の色・髪の色・肌の色・人種・宗教 

というような自分の情報を入れたり 

趣味や思想などを記入せねばならないので 

「めんどくさい」とブツブツ言いながら登録し始めた。


目や髪、肌の色なんかを 

選ぶ項目があるなんて 

やっぱり、単一民族の日本のサイトとは違うものだ。


一通り自分の情報を入れた後の次のステップ、

プロフィールの写真を撮るときは大変だった。

キャシーは持っている全ての服を引っ張り出してきた。


お気に入りのドレスを着て 

「これどう?」と聞いてくる。


「いいと思うよ」と私が言っても 

「この服のラインは太って見える」

と言って着替えに行った。


次々と選んだ服を着ては 

私の意見を求めるが

結局、気に入らなくて

着替えてくる。 


写真を撮るまでに 

1時間ぐらいかかってしまっている。


「何枚か写真を撮って 

気に入ったものをアップしたら」と

いい加減、ウンザリして私が言うと 

「それも そうね」と

最初に選んだドレスを着てきた。


それから 

プロフィールの写真を私が撮ったのだけれど、 

しわが目立つとか、老けて見えるとか、

笑顔が良くないとか、場所が悪いと 

さんざん文句をつけて撮り直しをさせられた。


一番、綺麗に見える写真を選びたいのはわかるけど 

写真は正直なもので自分が思っている姿を 

写し出してはくれない。


「この写真、キャシーらしくていいよ」と私が言っても

「この笑顔はちょっとチーキーな感じがする。 

もっと可愛らしく笑っているほうがいい」と却下する。

その笑顔こそ キャシーそのものなのに… 

と心の中でつぶやいた。


数えきれない数の写真を撮って 

もう、どれがいいかなんて 

わからなくなったぐらいだ。  


撮るほうの私も疲れてきたが 

撮られるほうのキャシーもだんだん疲れてきて 

二人とも「どれでもいいや」って気になってきた。


やっぱり初めの方に撮った写真の方が良くて 

その中から3枚選んだ。


キャシーの情報がすべてアップされると 

男性からオファーがどんどんとやってきた。


「出会い系サイトって やばくない?」と 

私は思っていたのだが、タニアの話によると 

50歳を越えると出会いの機会も少なくなるので 

みんな結構真剣に相手を探すから 

悪意を持って登録する人は少ないそうだ。


最初は気が乗らない様子だったキャシーも 

「いっぱいオファーのKissが来るので 

クリックする右手が痛くなってきた」と

結構ハマったみたいだった。


「会わなくてもどんな人だろうとか 

考えるだけで楽しいよ。別に誰かと 

付き合いたいとは思ってないけど」と 

ウキウキした様子で言った。


「エリー、28歳の男の子からKissが来たよ」

という話を聞いたときにはびっくりした。 

「私はちゃんと58歳って 

年齢を書いているのにね。 

私の半分しか生きていないボーヤが 

私と付き合いたいのかな」と言って、豪快に笑っていた。


「エリー、この人トム・クルーズに似ていない? 

私、好きなのよ」とキャシーが

Kissを送ってくれた人の写真を見せてくれた。 


確かに似ている。 

あの甘い感じの顔。 

私も好みだった。


「この人と 会うわ」と言って連絡を取り合い 

いそいそと出かけて行った。


すっかりキャシーの「おとな恋」に

付き合わされていたが 

なんだか私もウキウキして 

キャシーの帰りを待っていた。


ランチを食べて帰って来たキャシーに 

「どうだった?」と聞いたら

「トム クルーズの肉が落ちてた。 

おじいだったよ」と がっかりして言った。


どうやらその男性は 

何年も前に撮った写真をアップしていたみたいだった。


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