第19話 呼吸のマインドフルネス

「エリー、会いたかったよ」

家に帰るとマークが待ち構えていて

私を抱きしめてキスをした。


「今日はエリーが休みで

一日一緒にいられる日なのに、

3時間も君はいなかった。

とっても寂しかったよ」


カウンセラーのクリニックは

車で40分の所にあった。

予約の時間に行っても30分ほど

待たされ、それから1時間の

セッション。


その後マークの薬を

買いに行った。ただそれだけで

3時間経ってしまう。


まるで、離れてから何年も

経ったように言われても

返す言葉がなかった。


 キャシーも初めてのセッションが

どうだったか気になったらしく

出迎えてくれたが、マークの熱烈な

出迎えにあきれ顔で笑っていた。


「エクアニマスな心」

バランスの取れた心。


嫌なことを避けるためではなく、

快いことを引き起こそうとする

わけでもなく、ありのままに

物事を受け入れること。


これを習得するために

脳の訓練をしなくてはいけない。


そのために30分の瞑想を

1日2回することになった

と二人に告げた。


昼間は仕事をしているので

30分の瞑想はできない。


朝、30分早起きしてマークが

起きてくる前にリビングで

することにした。

もちろんキャシーの了解は取った。


あと1回は夕食後に

ベッドルームですることにした。


 早速、第1回目の瞑想をしようと

意気込んだ。

マークが大きな音で音楽を

聴いていたので

「メディテーションするから」

と言うと、

「音楽やめてほしい?ヘッドホン

つけるね」と返事が来た。

キャシーは部屋で本を読んでいる。


 静かな環境で、タイマーを30分に

セットし、CDのスイッチを入れて

目を閉じる。


すると、いきなり大きな声で

マークが歌い始めた。


集中できない!


「マーク!メディテーション

するって言ったでしょ」

大声で怒鳴ってしまった。


「ヘッドホンつけて

音楽を消しても、あなたの歌が

うるさい!」


「ごめん。歌ったらいけない

なんて思わなかった」


「メディテーションするって

言ったよね」もう一度言った。


「メディテーションするとは

言ったけど、静かにしていてとは

言わなかったよ」


「選挙の演説じゃあるまいし、

自分のすることをただ宣言して

おしまいってことはないでしょ。

集中するために

静かにしてほしいって

ことじゃないの」


この人、

ほんとに頭が悪いと思った。


自分が瞑想するときは

少しの物音でも怒るのに、

人のこととなるとお構いなし。

いちいち全部言わないと

状況を把握できないのか。


カチンときたけど、せっかく

「エクアニマスな心」を学ぼうと

しているんだから、

反応しないようにしよう、と

自分に言い聞かせた。


 気を取り直して

CDのスイッチを入れた。

CDのガイダンスが流れる。


 「呼吸に注意を向けながら

反応しないように…。

「思考」にとらわれないように…」


気が付いたら

「マークってなんて

バカなんだろう。

どうして私が瞑想するって

言っているのに歌いだすんだろう。


なんでも一から十まで言わないと

わからないんだから。そのくせ

自分は頭がいいと思ってる。」

という考えが、頭の中を

ぐるぐる回っていた。


ダメダメ。呼吸に集中しないと!


「私はカウンセリングを受けた

だけで、マークの薬を買いに

わざわざ回り道をして

帰って来たのに、何が

3時間も君はいなかったよ」


また、違う考えが浮かんでくる。


考えない。呼吸!


「呼吸に集中するために1,2と

数を数えたり、吸って吐いて

などと言ってはいけません。


何のために呼吸に意識しているのか

わからなくなります」とCDの声。


今、まさに数を数えようと

していた。

ダメなんだ。


集中しないと…。


アラーム音が鳴った。

知らず知らずのうちに

眠ってしまっていた。


30分の瞑想って

なかなか難しいものだ。

マークが邪魔をするから。


1回目の瞑想は40%ぐらいしか

集中できなかった。

初回から

くじけてしまいそうだった。












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