第17話 助言
過去に縛られたらだめだよ。
ここまでやったんだからって
自分のしてきたことに
執着したらだめだよ。
そんなことしていたら、
どんどん自分を追い詰めて
行き場がなくなるよ。
「しなければならないこと」なんて
ないんだよ。
ある日、キャシーが私に言った。
キャシーは、アル中の夫との生活に
疲れきって、3人の子供を置いて
自殺しようと
思ったことがあった。
夫のためを思い、どうすれば
アルコールをやめられるか、
あちこちのコミュニティに
参加して勉強した。
夫も連れていき、二人で
頑張ろうとした。
けれども禁酒の誓いは
すぐに破られ、キャシーを罵倒する。
「ここまでしてもダメなのか」と
思ったときに、もう未来への
道がないように思えた。
誰が見ても疲れきっていた。
そんな時にコミュニティの
メンバーから、カウンセリングを
受けたほうがいいというアドバイスを
もらった。
3人の子供のことを考えたら
死ぬこともできない。
それでカウンセリングに
通い始めたそうだ。
キャシーは、私とマークが
言い争いばかりしているときも
中立の立場で、そっと見守って
いてくれた。
普通なら
そんなところには住みたくなくて
どこかへ引っ越すことを
考えるだろう。
それでもキャシーは、自分が
つらい経験をしたので、少しでも
私を助けてあげたいと
思っていたらしい。
「キャシーがいてくれてほんとに
良かったよ。私一人だったら、
もうとっくにおかしくなっていた
と思う」と私が言うと、
「エリーの作るご飯やお菓子が
おいしいからね。
どこにも行けないよ」
と冗談を言って笑った。
日本の社会では、家に病人が出たら
家族が面倒を見るのが当たり前に
なっている。
今はデイケアサービスや、
介護ヘルパーを使って少しは
介護する人の負担は減っている
けれども、それでも介護する人の
精神的なケアまでは行き届いて
いないだろう。
病人を置き去りにして
どこかに逃げるなんてことをしたら、
なんと言われるか?
家族のためなら、我慢して
頑張るのが当たり前だ。
そんな風習や考え方に知らず
知らずのうちに、束縛されていた。
まして、精神的に弱っている人を
見捨てるなんて人として許されない。
支えてあげないと…
守ってあげないと…
それが何よりも優先して
「しなければならないこと」。
キャシーの言うとおり、
そんなふうに自分を追い詰めて
いたのかもしれない。
自分を犠牲にするのではなく、何か
方法があるのかもしれない。
マークもカウンセリングを定期的に
受けて、気持ちを安定させるために
瞑想をするようになっていた。
自分が思い立ったときに、突然
ベッドルームのドアを閉めて
始めるのだ。
そんなこととは知らずに
ベッドルームに物を取りに入ったり、
キッチンで水道を使っていて
レバーを閉じるときに
大きなポンプ音がエンスウィートの
シンクで鳴ったりすると、
マークは大声で怒鳴った。
「瞑想」って、心を落ち着ける
ためなのに全然役に立ってない…。
マークの様子を見ていて
カウンセリングって
意味があるのか?と思っていた
けれども、実際に困難を
乗りきった人の助言は
心強いものだった。
キャシーが、カウンセリングに
いくのなら、日本人の臨床心理士の
ところに行くことを勧めてくれた。
心の問題は複雑で、何を相談するに
しても英語では難しいだろうと。
確かに感情や考え方を表現するのに
微妙なニュアンスは伝えられない。
日々の暮らしには差しさわりが
なくても、カウンセリングとなると
日本語で受けたほうがいいに
決まっている。
私は日本人の臨床心理士を
訪ねることにした。
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